<   2006年 10月 ( 6 )   > この月の画像一覧
便利時代 その3
 何となく書いていたらシリーズ化してしまった「便利時代」。言うなれば、現代の社会に対するアンチテーゼとともに、古くて新しい暮らしを見つめ直そうということになるのかもしれません。そんなことをコンパクトにまとめた記述に出会いました。
 以下、「鳥取農政懇話会」というところが2003年4月に発行した「いまこそ農を語るとき」という冊子より引用します。タイトルどおり農業とその周辺について語られており、エッセイとしての色彩がかなり濃い文献です。客観的な分析は少ないものの、そこに込められたメッセージは十分に伝わると思います。

「中山間地域と集落」
[PR]
by senang | 2006-10-27 10:06 | 【1】持続的な生き方
chapter1終了&chapter2開始
「chapter1」の終了
 100年後の世界を描くことや22世紀へ生き残る人類について考え、今年4月より本ブログにて記事にしてきました。以来、半年が経過し、当初の命題に大して大まかな方向性が固まりつつあります。

 所期の目的を達成したため、10月末をもって「chapter1」を終了することといたしました。

 ただし、これまで右往左往しながら色々なことを書いてきたので、ややわかりにくい部分もあると思います。そこで最後に、これからどのような社会システムをつくっていくべきかについて言及することとし、「chapter1」のまとめとさせていただきます。

「chapter2」の開始
 「chapter1」で導き出した方向性の1つに、限られた資源の中でいかに自給的に生きるかということがあります。自給という言葉で思い浮かべるものとして、国内の食糧自給率やエネルギー自給率といったものがあります。しかし、大きなスケールで語っても、なかなかピンときません。個人的には、最もスモールサイズの自給が確立され、その総和としての地域、圏域、全国があると考えています。
 スモールサイズの自給とは何か。これについて、自らの実践を通して明らかにしたいと考えているところです。

 そこで、現実や実践を基盤としたステージへ移行するため、11月より「chapter2」を開始することといたしました。

 簡単に言えば、まずは自分で自給してみようということです。それは、田園回帰や田舎志向のようなブームではなく、商業主義的なLOHASに取り込まれることもなく、また、一過性のノスタルジーで終わることもなく、生活をかけた実験のようなものとして展開していく予定です。そこに100年後を見据えて将来の生き方を模索するという姿勢があることは、依然として変わりありません。

 ということで、少し衣替えをしたいと考えているところです。「chapter2」となりましても、末永く見守っていただければ嬉しく存じます。
[PR]
by senang | 2006-10-12 22:46
便利時代 その2
 我々の周囲を見回すと、大量の化石燃料を使っているということを認識させられます。乗り物を動かし、物を生産し、プラスチックなどの原料でもあります。かなりの部分を化石燃料に頼っていることから、「化石燃料文明」と呼んでも差し支えないでしょう。物質的な充足を確保し、それに根ざした文化や思考も育まれてきました。

 今、化石燃料がなくなったらどうしましょうか...?

 最近では、バイオマスエネルギーに加えて木質プラスチックなども開発されてきていますので、このあたりに化石燃料からの脱却を果たし、循環型資源へ切り替わるための活路を見出したいと考えています。しかし、次の2つの局面を迎えることになると考えられます。

1.技術の未成熟によって一時的に「不便になる」

 現在の技術水準では、完全に化石燃料の代替とはならないと思います。仮に、化石燃料の代替手段としてバイオマスが主軸になったとしても、現在と同等レベルの文化・文明を支えるだけのエネルギーやマテリアルにはなり得ないでしょう。
 バイオマス利用を主とした場合、技術的に発展途上であるため、現在の文化や生活は否応なく転換点を迎えることになります。見方を変えると「不便になる」ということでもあります。まず、このことに耐えられるかどうかが我々に課せられた課題だと言えるでしょう。
 厳しい言い方かもしれませんが、耐えられるか耐えられないかが問題ではなく、耐えざるを得ないという表現が正確なのでしょうね。

2.「環境容量に基づく資源である」という性質によって「便利」の定義が変わる

 技術の進展だけではなく、価値観にも変化が要求されます。限りある資源をいかに持続的に使うかということが至上命題になるため、これまでのように果てしない成長を志向することはナンセンスでしょう。ひたすら快適さを求めるバブリー志向も過去のものとなり、個々人に倹約と自立心が要求されることになります。
 生きるためや社会を維持するために、これまで考えもしなかった負担や努力が必要になることでしょう。今は、辛いことや嫌なことに対してすぐに「無理」と言う子供や親が増えています。生存上限の絶対値とも言える「環境容量」を設定し、その中で生き方や暮らし方を組み立てることは、このような子や親に喝を入れる良い機会かもしれません。そうこうしていると、ゆくゆくは「便利」の定義も変わってくるかもしれません。

 便利な時代、正確には「バブリーな便利時代」は、我々の世代で終焉を迎える・・・。言い換えれば、資源の転換を考えると、これからは好むと好まざると不便な時代に突入するということです。
 どれだけ不便になるのかはよくわかりません。しかし、確実に言えるのは、怠惰や快楽を無制限に追求できない時代、浪費することに何らかのお咎めがある時代になるということです。
[PR]
by senang | 2006-10-11 18:27 | 【1】限りある資源
便利時代 その1
 100年前、いえ、50年前に比べて、日本は便利になったと思います。ポンとスイッチを押せば熱いお湯が出てきて、店が増えてあらゆる食べ物を買うことができるようになりました。コンビニエンスストアはその象徴ですね。

 そういえば、僕が住んでいる町は、島根県内では唯一コンビニのない町だったのですが、現在国道沿いに建設が進められています。コンビニができるにあたり、同世代の者と「コンビニがない町という路線も考えてみたら面白いんじゃないか?」と話したのですが、「いやいや、若者にとってはそうじゃない」と一蹴されました。この言葉には、便利さを求めているということが明確に表れていますし、高校生に対するアンケート調査でも、最もほしいものの1つにコンビニが挙げられていました。
 逆に、「コンビニなんかいらん」という声も、少数ながら耳にします。ただしそれは、便利になることのみを否定した意見ではなく、大量消費(浪費)の申し子であるコンビニに対するアンチテーゼが主な要因ととらえた方が良いでしょう。

 ところで、便利であるということは、どういうことなのか?

 便利になったということは、生活にかかる時間が短縮されたという解釈ができます。湯沸かしを例に取ると、かつてはお湯を使うにも火を熾し、風呂を沸かすにも薪を焚いていました。これが湯沸かし器の登場で、手間と時間を数十分の一に短縮することができました。その結果、湯沸かしに充てていた時間を他のことに使えるようになったわけです。勿論、湯沸かしだけではなく、炊飯、洗濯、暖房、買い物などにかかる時間を考えると、かつての生活に比べると自由な時間が圧倒的に増えたということになります。
 昔は家族の人数が多く、それぞれが家の中で役割分担をしながら生活が成り立っていました。見方を変えると、家族同士が役割分担をしなければ生活に支障があり、だからこそ一定数の家族が同居していることが必須だったということになります。
 これに対して、最近は便利になって生活に要する時間が短縮されたことにより、家族の分業形態が良くも悪くも解消されました。おばあちゃんかお母さんが1人がいれば、家族全員の世話をすることが可能になったわけです。あるいは、家族みんなが仕事や学校や遊びに行って夜になって帰ってきても、大した支度なくご飯にありつけ、テレビを見て団欒をすることができます。一人暮らしで夜遅く帰ってきても大丈夫。

 生活が便利になったことにより、生活以外に費やす時間が増え、生活以外の分野が大いに進展する可能性が生まれました。これによって確かに社会や経済は成長しました。しかし、それで日本は良い国になったのでしょうか?
 便利になることは、当然ながら悪いことではありません。ただし、便利になって時間的な余裕ができた反面、それを有効に使ってこなかったことについて、少し省みる必要があるのではないかと感じます。
[PR]
by senang | 2006-10-06 12:13 | 【1】持続的な生き方
第三次世界大戦
 先日、第三次世界大戦は遅かれ早かれ起こるのではないかと妻が言いました。この根拠には、社会の動きには人類の思念が色濃く反映されるという仮説があります。それは、みんなが良い方向に持っていこうとするのなら良い世界になるだろうし、悪い方向に持っていこうとすればそうなってしまうという原則論を指したものであります。確かに、今の世界情勢、具体的には各国の為政者を見ていると、地球を良い方向に持っていこうと考えているとは到底思えませんね。
 これに加えて、妻は人類のイメージ醸成が破滅思想に基づいて進んでいる点を指摘していました。その一例として、近未来を描いた大ヒット映画を挙げています。例えば、マトリックス、ターミネーター、スタートレックなどなど。これらは、第三次世界大戦とも呼ぶべき大戦争が起こり、その後の世界が描かれています。

 言われてみれば、明るい未来を描いた映画というものはほとんど見あたりませんね。映画制作者のみならず、人類は往々にして破滅志向を持っているのでしょうか。それとも、現代文明を懐疑的に思う人が多く、このままでは大規模なカタストロフィが起こることは不可避であると考えているからなのでしょうか。

 映画をつくるというところまではいきませんが、明るい未来像を思い起こさせるようなものが世に出せたらいいなと考えています。できれば、実践に基づくドキュメントタッチのものがいいですね。
[PR]
by senang | 2006-10-04 18:52 | 【1】100年後
 晩秋の頃、冬は暖かいところで過ごしたい1匹の虻が、隠れ家を探していた。寒波が来て動けなくなる前に、最適な場所をみつけておく必要があった。とはいえ、比較的温暖な気候の地でのこと。滅多に雪は降らず、零下になる日も数えるくらいである。虻は気ままにあちらへ飛び、こちらへ戻り、秋晴れの空の下をフラフラと飛んでいた。

 少しばかり冷え込んだ朝、虻は体を暖めるために黒くて大きな壁につかまった。それは、朝日に背を向けて立っている人間の背中であった。人間は見通しの良い大通りで空港行きのバスを待っていた。虻自身はそのことを知る由もない。効率よく太陽熱を吸収することができさえすればよく、人間の背中だろうが牛の背中だろうが何でも良かったのである。
 ほどなくガラガラに空いたバスが来て、旅行者はそれに乗り込んだ。虻は背中とシートの間で潰されないように肩口まで歩いて移動し、再びじっとしていた。30分くらいでバスが停まると、旅行者は大きな空港に入っていった。

 旅行者がガラスの自動ドアを抜けたところで、虻は旅行者の肩からぶ~んと飛び立った。体もだいぶ暖まり、羽の調子も良い。
 右往左往していると、ほんの微かに熟した果物の匂いがする。匂いを追って空港の中を勝手気ままに進んだ。カウンターを横切り、手荷物検査場の列を追い越し、気がつくと搭乗待合室までやってきた。待合室には、出発を待つ大勢の人間がいた。
 虻は、少し強くなって来た匂いの方向へ体を向け、待合室を突っ切るように飛んだ。搭乗ゲートを抜け、機内誘導通路を通って旅客機のドアをくぐった。機内ではフライトの準備が進められている。清掃員の頭上をかすめて機内の中ほどまで来ると、天井にペタリとしがみついた。そこで停止した理由は特にないが、ただ確かなのは、追ってきた匂いのことは忘れてしまっていたことである。そして、天井にしがみついたまま、ウトウトと寝てしまったのである。

 虻が天井で寝ている間に旅客機は離陸したようである。虻が目覚めとともに見下ろすと、大勢の人間の頭が椅子に整然と並んでいた。旅客機は低いうなりをあげており、窓からは横に雲が見えた。虻は大して気にもとめず、再び天井でじっとしていた。
 数時間後、虻は旅客機が着陸した気配を感じた。正確には、開いたハッチから流れ込んできた空気を嗅ぎ、違う場所へ来たことを察知したのである。虻は天井を離れてハッチへ向かった。気ままな性格ではあるが、何かにつけて一番でなければ気が済まない性分でもあった。
 虻は勢い良くハッチから飛び出すと、これまでに嗅いだことのない匂いを追った。硬い水の匂いである。それが強くなる方へと急ぎ、搭乗待合室を抜けて到着ロビーにたどり着いた。そして、一気に建物の外へ飛び出した。

 そこは国の最北の地。秋とはいえ、温暖なところから来た虻にとっては真冬より寒い。冷気を受けてたちどころに体が動かなくなり、はらはらと墜落してしまった。

e0052074_22245739.jpg

[PR]
by senang | 2006-10-01 22:25 | 物語