カテゴリ:【2】DIYな暮らし( 21 )
降って初めてわかったこと
 去年は記録的な少雪でしたが、今年はまずまずの積雪があるので安心しています。やはり、降るべき時に降るものがなければ不安になります。
 とはいえ、今の家に住んで初めて本格的な積雪を迎え、予期していなかったことが連発しています。最も驚いているのは、積雪量が多い地方なのに雪のことを考えて設計された家ではないことです。借家住まいの身分で偉そうなことは言えませんが、家の前の主は何十年間もどのように冬を過ごしてきたのかがとても疑問です。

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 公道から玄関先まで50mくらいあり、雪が降るとその間の除雪が大変です。前々から、冬は除雪が大変だなぁと想像していましたので、これはさほど驚いていません。しかし、お年寄りの1人暮らしや女性のみの世帯だったら、家から出ることができないということもあり得ます。
 上の写真は、公道に至る道を除雪した状態のものです。車が右に左にと滑るので、家に出入りする度にボブスレーのようなスリルを味わっています。

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 一番の問題は、玄関から続く道に屋根から落ちてくる雪が大量に溜まることです。軒先の真下にどんどん雪が落下してきて、歩ける場所がなくなります。それで、少しでも雪が少ない軒の内側を除雪して通路にします。ところが、きれいに通ることができるようにした翌朝には、また通路が塞がっています。積もっては落下し、除雪し、また積もっては落下するという繰り返しで、さながら賽の河原で石を積んでいるような感じになりました。
 上の写真は、玄関から撮影したもので、軒の内側に通路を確保したところです。落ちてくる雪を取り除いていたら、とうとう通路脇に身長くらいの山脈ができてしまいました。
 なお、画面左上に電柱とオレンジのカーブミラーがご覧いただけると思います。あれが公道との境目です。玄関先からあそこまで除雪をする必要があります。

 雪国では、屋根を何で葺いているかも重要です。瓦の部分は雪の滑落があまりないため、屋根の上に残ります。大量に残ると、その重量で家が潰れることもあるため、屋根雪下ろしをしなければなりません。しかし、今年はせいぜい腰くらいまでしか積雪量がありませんので、今のところは大丈夫です。
 一方、トタンの箇所は、雪がよく滑るのでどんどん落ちてきます。玄関前の通路もトタン屋根の下なので、大量に雪が落ちてくるという寸法です。
 本来ならば、雪が落ちて溜まると不都合な場所は瓦屋根にし、雪が溜まっても差し支えないところはトタンにするなどを考慮して屋根を葺く必要があります。しかし我が家は、瓦であってほしいところがことごとくトタンであるために、必要以上に除雪の手間がかかります。

 また、家の造りも雪の動きに大きく作用しています。例えば、L字型に曲がった箇所があると、L字の内側部分に集中して雪が落ちることになります。我が家の場合、家の裏がそうなっているため、大量の雪が溜まって屋根とくっつきそうになっています。さらに、落ちて溜まる雪がアルミサッシを圧迫し、たわんでしまいました。ガラスが割れて家に雪がなだれ込んでこないうちに、何とか対処しなければなりません。

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 雪が落下してくることを考えずに薪棚をつくってしまったものですから、今になって薪の取り出しに苦労しています。上の写真のように、薪の前にこれまた雪の山脈ができてしまっています。人が通ることのできる箇所だけ切り崩して薪を運んでいます。また、この薪棚は軒先があまり長くないために、山脈が発達してくると薪を飲み込んでしまいます。
 薪棚が完成した時、同じ集落の人が、「軒先をもっと伸ばさにゃぁ」と言ったことがあります。その言葉の意味が今になってわかりました。

 これは僕のミスなのですが、来シーズン用の薪にしようと思って木をストックしていた真上がトタン屋根だったのです。木の山の上に雪が落ちてきて、鋭角の雪山ができてしまいました。また、これが倉庫の入り口の前だったので、今は倉庫へ入ることができなくなってしまっています。

 ・・・などなど、降ってみて初めてわかったことが多く、除雪に明け暮れながらもとても良い勉強になりました。
 ただ1つ、未解決の問題があります。春になったら薪を置く場所を増設しようと思っていたものの、人間の動線と雪の動きを考慮すると、そのスペースがないのです。土地は有り余るほど広いのですが、雪のことを考えると適切な場所がないというジレンマに陥っているところです。
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by senang | 2008-02-24 01:10 | 【2】DIYな暮らし
行きがかり上、焼き畑をしてしまいました
 昨日、山の木の整理を頼まれ、4人で作業へ行ってきました。現場に着いてみて愕然としました。木の幹や枝が小川を埋めていて、さながらビーバーのダムのようになっていたのです。川の流れも変わってしまっていて、これを除去するのは並大抵のことではないなぁと感じながら作業にかかりました。
 午前中から夕方前にかけて、川を塞いでいる木の幹や枝を取り除き、川の底に堆積した葉を拾い、水の流れを良くしました。そうしているうちにチョロチョロと水音が聞こえるせせらぎが復活し、よどんでいた水が流れ始めました。川に魚も戻ってきています。炎天下で作業をしていた疲れが一気に吹き飛びました。

 その後、畑(現況は耕作放棄地)の中に捨てられている杉の木を除去する作業に取りかかりました。全力で2時間はかかるな・・・と思っていたところ、畑の所有者であり作業の依頼主が一言。

「・・・燃やすか」

 その言葉に意気揚々と火をつけました。杉の乾燥した葉はよく燃えます。葉がたくさんついた枝にライターを近づけると、ジリジリジリジリ・・・と焦げる音を出しながら、枝はあっと言う間に火だるまになります。安全のため、枝葉を少しずつ集めて分散させて燃やすことにしましたが、僕が不用意に火を投げたところに枯れた枝葉がたくさんあったのです。火は一気に燃え広がり、畑は一面火の海となってしまいました。

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 延焼を防ぐため、慌てて周囲の燃えるもの(枝葉)を片づけます。でも、熱くて炎に近寄ることができません。すぐに煙が天高くもうもうと立ち上り、向こうが見えなくなってきました。一緒に作業していた人が炎の向こう側にいたので、声で安否を確認します。結局、畑の大部分を焼いて延焼は止まりました。そして、2時間はかかると思っていた作業が一瞬で終わってしまいました。

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 焼けてしまった畑を見ながら、依頼主が言いました。

「ここへソバを撒いたらよく育つかね。それならそれで話を進めるから、あんたらはソバを使ってイベントでもしたらいいよ。」

 この荒涼とした畑がどうなっていくのか、ソバの種でも撒いて観察していきたいと思います。

 意図していたわけではありませんが、ひょんなことから焼き畑+粗放的農業をすることになりました。別のところでの話になりますが、近々大量の耕作放棄地で焼き畑をしてエネルギーファームにしようと考えていたので、ちょうど良い練習になりました。次からは安全を確保して慌てることなく作業したいと思います。

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by senang | 2007-06-04 16:58 | 【2】DIYな暮らし
檜風呂
 最近の我が家は檜風呂です。檜風呂といっても、湯船に檜をあしらっているのではなく、檜で風呂を沸かしているというわけです。入浴中は檜の香りがするわけでもなく、ヒノキチオールで癒し効果を得られるわけでもありません。
 そのかわり、釜場にはいつも檜の香りが充満しており、目を閉じればどっぷりと森林浴をしているような気分に浸れます。狭いところに大量の檜を積んでいるわけですから、檜林の中よりも濃密な檜空間ができあがっています。

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 先日、今年の冬に備えて薪を割っていました。秋に間伐した裏山の檜を春先に玉切りし、どんどん割って積んでいました。その時に、息子の友達の女の子が2人遊びに来ていて、薪小屋の前でキャーキャーと騒いでいました。

「ここ、新しい家の匂いがするー!」

「香ばしい匂いがするー!」

 僕は、「あぁ、確かに新しい家の匂いだなぁ」と思い、素朴な感性に微笑ましくなりました。
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by senang | 2007-06-01 15:37 | 【2】DIYな暮らし
早朝チェーンソー
 この時期は様々な作業が多くなります。しかし、月~金曜日は朝から夜まで仕事をしており、日中に時間を取ることができません。ならば、休日に作業をこなしたいところなのですが、休日は妻が仕事ということもあり、僕は1歳の息子の子守りをしています。息子は何にでも興味を示し、無鉄砲に走り回る年頃なので目が離せません。
 そんなライフサイクルを送っていたため、薪や作物づくりの作業が滞っていることに少々危機感を持っていました。「これは何とかしなければ」と思い立ち、早朝に起き出して作業をすることにしました。
 夜明けが早くなり、また、朝は霜が降りる日が少なくなったため、作業がしやすくなっています。今日は山積みになっているスギを薪にする作業をしました。早朝からチェーンソーの音が山にこだまします。
 出勤するまでの約1時間が作業時間です。1時間で大したことはできませんが、毎日コツコツと積み重ねれば、かなりの作業量が確保できると思います。週末に何もできなくても、5日間の早朝作業で5時間が確保できます。

 かつては夜明けとともに起き出して農作業をすることが一般的でした。なので、早朝の作業を始めたとしても、珍しいことでも凄いことでもありません。ただ、現在の生活リズムの中に1時間を確保することは簡単ではなく、結局は生活パターン全体に見直しをかけなければなりません。
 仕事を1時間早めに切り上げることから始まり、全てを1時間前倒しで過ごす必要があります。夜更かし仕事はせず、朝は気持ちよく目覚めることができるようにするなどの工夫と心がけが不可欠です。
 結果として、その方が健康的で作業もはかどるので、早く慣れたいと思います。

 今朝の作業中、スギの葉を手でかき集めていると、その中に小さなシマヘビがいて思わず頭をつかみそうになりました。僕の生まれ故郷では早朝のヘビは縁起が良いと言われています。しかし、ヘビが大嫌いな僕は朝から少々滅入ってしまいました。
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by senang | 2007-04-20 09:06 | 【2】DIYな暮らし
積み木ができました。
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 夜な夜な大工でコツコツとつくった積み木ができあがり、カフェのチャイルドスペースで活用しています。四角い大きな積み木を組み合わせたトンネルの中に、長い木で線路をつくり、立派な鉄道模型をつくった子もいました。子供ならではの想像力に脱帽です。

 積み木の材料は、知り合いの木工所の廃材です。風呂焚き用の燃料としてもらってきたのですが、かなり立派な木が使ってありました。木っ端が入っているたくさんの段ボール箱の中から、面白い形や模様のものを選んで磨きました。年月を経て年輪を重ねた木はきれいです。節があるのも味があって良いものです。塗料を塗っていない木のおもちゃは良いものだなぁと改めて感じました。
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by senang | 2007-04-04 22:45 | 【2】DIYな暮らし
N氏の営農と生活の改善 その4
 改善作業は農業だけにとどまらず、家屋のリフォームにも及びました。時系列で見ていくことで、農家の近代化の足取りがうかがえます。

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  ↓
1950年当時の間取りです。明治時代に建てられたもので、シンプルなつくりをしています。牛舎が家の中にあること、トイレと風呂が外に面していることが特徴的です。そして、家族個々人のプライベートを保つスペースがほとんどありません。

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  ↓
 リフォーム後(1956年)の間取りです。左端を増築し、「勉強部屋」と「主婦部屋」がつくられています。さらに、台所周辺も増築・改築し、使い勝手を良くしています。

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  ↓
 2006年秋、僕が入居した時の間取りです。1956年の間取りに加筆しました(緑の部分)。1980年頃の大規模なリフォームをはじめ、1956年当時から何度か手が入れられており、玄関、台所、和室、風呂場などが一新されています。
 この図面には書き込まれていませんが、一新された箇所には2階もつくられて部屋数が増えています。

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  ↓
 さらに僕が手を入れた箇所(赤い部分)です。ストーブを置き、煙突を取り付け、外に薪置き場を増設しています。さらに、冬季は広い部屋に断熱材の壁を立て、暖房効率を良くしています。板1枚だった天井にも断熱材を敷き詰めています。「勉強部屋」と「主婦部屋」は、日常生活では使い勝手が悪く、痛みも激しかったため、現在は倉庫として使っています。

 N氏の営農改善の足跡をたどることで、農地や林地や家屋は不変・不動のものではなく、その時の状況に応じて手が加えられていることを認識しました。そしてまた、新たな時代の自給生活へ向けて、僕も手を加えつつあるところです。
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by senang | 2007-03-30 20:34 | 【2】DIYな暮らし
N氏の営農と生活の改善 その3
 それでは、N氏がどのような作業を行ったのか、地図で見てみましょう。

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  ↓
 これは改善前の1950年当時の田畑と山林の様子です。谷沿いに田を拓き、小高い位置に家屋と畜舎を建てたことがわかります。家の前(実際には急斜面の下)に沼があったことをこの文献で初めて知りました。確かに、家の裏山から家の前にかけては水はけが悪く、水が溜まりやすいので、沼があっても不思議ではありません。

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  ↓
 これは改善後の1956年の図面。放牧場と栗園をつくったことが、面的に大きな変化をもたらしました。今でも山の中に張り巡らされた鉄条網が残っており、かつては放牧地だったことがわかります。
 水路を掘って田の排水を良くするといった乾田化作業にも、大きな労力が費やされたことでしょう。この工事が最も重要なものであったことは、文献を読んでよくわかりました。
 栗園から放牧場にかけての山は、1980年頃にヒノキが植林され、樹園地や放牧地として使われなくなっています。
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by senang | 2007-03-23 20:25 | 【2】DIYな暮らし
N氏の営農と生活の改善 その2
 N氏が1950~1956年に行った営農改善によって、粗所得が372,620円から483,670円に増えました。実に3割り増しです。1960年頃の大工日当が800円、コーヒー1杯が60円、公務員の初任給が14,000円程度だったことから、N氏の粗所得を今の金額に換算すると、約400万円から500万円にアップしたことになります。
 当然ながら、営農改善にかかる投資的経費もあったと考えられるため、ここから償却費を引くなどの処理をしなければなりません。家も改築しており、それにかかった経費も考慮に入れるべきでしょう。それでも、1軒の農家でこれだけ収入がアップしたことは、積極的に評価すべきことだと思います。

 当時の農家は、食べるものをほとんど自給していたという実態があります。購入していたのは動物性タンパク質、海産物、調味料などで、主に稲作と少量他品目の畑作で食料を賄っていたと考えられます。所得に対して支出を考えた時、現代の農家の生活と比べると、これは大きなアドバンテージとなっていたことでしょう。
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by senang | 2007-03-23 20:14 | 【2】DIYな暮らし
N氏の営農と生活の改善 その1
 わが家の歴史がわかる文献が出てきました。歴史といっても半世紀前の営農改善の経緯を記したもので、決して古いものではありません。むしろ最近の部類に入ります。
 文献自体に歴史的価値はあまりないと思いますが、自給という観点で見ると、当時の状況がよくわかり、生きていくためにどのような作業が必要だったのかがよくわかります。とても参考になりました。

 そこで、営農と生活の改善についてシリーズでお送りいたします。

 過去帳によると、そもそもこの地に長らく家があったわけではなく、明治時代に家を建てて田畑を開墾したとあります。その約50年後の1940年、文献の筆者(N氏)が18歳で家を継ぎました。当時は、「農業の経験も浅く慣行農法を惰性的に行つて」おり、「零細な耕地で如何にして生きて行くかということが大きな問題」であったとのことです。
 生産の基盤となる耕地。その多くは、沼や沢などの湿地を埋め立ててつくったために湿田です。沼地状態なので機械の導入はおろか、「牛の腹まで没する箇所もあり牛も入らない田があつて」、「雪どけを待つて膝上まで没する水田に入つて一鍬一鍬耕起して5月下旬の田植までこの作業を連日続ける」という、効率の悪い作業が続きました。このままでは、血のにじむような苦労を続けても経営は安定しません。そのため、田を乾田化することが最大の課題となりました。
 他にも営農に関する問題点はたくさんあったようです。1950年当時の問題点と対策の難易度は次のとおりです。

 1.水田の悪条件
  (1) 排水路の掘り下げ・・・易
  (2) 耕作道の拡張・・・可

 2.水稲低位生産
  (1) 適品種の導入・・・易
  (2) 施肥設計・・・易
  (3) 冷水対策・・・可

 3.畑地および斜傾地の放置
  (1) 果樹(柿、リンゴ)の植栽・・・可
  (2) 栗および飼料の栽培・・・易

 4.山林の放任
  (1) 計画造林の実施・・・難
  (2) 放牧地の新設・・・難
  (3) 飼料木の栽培・・・難

 5.家畜飼料を購入飼料に依存している
  (1) 水田裏作による自給度の向上・・・可
  (2) サイロの設置・・・可

 6.家畜が少ない
  (1) 和牛の増殖・・・可
  (2) 中小家畜の導入・・・可

 7.労働の酷使
  (1) 作業の合理性を研究・・・可
  (2) 動力耕耘機の導入・・・難
  (3) 家庭生活の合理化・・・可

 8.資金対策
  (1) 再生産資材の活用・・・可
  (2) 労賃(脱穀、籾摺)・・・可
  (3) 兼業(出稼、製炭)・・・難

 N氏は、これらの課題に対処するために次のような改善計画を立てました。

 1.土地基礎条件の整備
  (1) 暗渠排水
  (2) 用排水路
  (3) 農道

 2.水稲耕種法刷新
  (1) 水稲基礎知識の習得
  (2) 適品種の導入
  (3) 健苗の育成
  (4) 施肥設計
  (5) 堆肥の増施
  (6) 秋落対策
  (7) 病害虫防除
  (8) 冷水対策
  (9) 耕耘の動力機械化

 3.家畜の増殖
  (1) 出産
  (2) 鶏の導入
  (3) 飼料作物の栽培
  (4) 山羊の導入
  (5) サイロの設置
  (6) 畜舎の改造

 4.山林の計画管理
  (1) 計画造林
  (2) 林間牧野の設置
  (3) 下刈および管理
  (4) 牧野の草生改良

 5.過程生活の改善
  (1) 水源の確保
  (2) 家事労働の能率化
  (3) 台所改善(採光窓、改良カマド)
  (4) 食生活の改善
  (5) 勉強部屋および主婦部屋の新設
  (6) 改良便所
  (7) 風呂場の改善

 6.空地利用
  (1) 果樹の栽培
  (2) 花卉の栽培

 7.作業場の改善
  (1) 動力施設の改善(中間プーリー)
  (2) 機械鋸の設置

 この計画に沿って、N氏は1950~1956年の間に様々な作業を行います。多大な労力をつぎ込んだことがうかがえると同時に、自活力が非常に高い方だったことが想像できます。
 今僕が行っている自給生活の作業は、この足下にも及びません。そして、僕の暮らしはN氏の尽力の上に成り立っていることをしみじみと感じます。

 興味深いのは、営農改善だけではなく、生活環境の改善も同時に行っていることです。例えば、勉強部屋や主婦部屋をつくることを筆頭に、家事労働の効率化なども考えられています。今で言うリフォームですね。その背景には、生業(農業)と生活が渾然一体となっていた実態があります。
 文献でN氏は、「家族会議を開き、経営の実状を家族全員が知ることによつて家族の融和につとめました」と表現しています。仕事と生活を分断するのではなく、農家としての住まい方全般を対象として見直しをかけたのだと思います。

 改善以来、「作業計画の話し合いを行い、その結果を台所入口に設けた黒板の予定表に記入し実践に努めています」とのこと。
 今もわが家の台所に黒板が架かっています。1956年当時、34歳のN氏と30歳の奥様が黒板を見つめ、作業について相談し、家の前の田を耕したり牛の世話をしたりしていた情景が目に浮かぶようです。
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by senang | 2007-03-13 18:58 | 【2】DIYな暮らし
夜な夜な大工
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 夜、風呂を焚く合間に大工仕事をしています。これまでにドラム缶のカバーや給湯器の屋根などをつくり、この度、工具入れ(写真)が完成しました。
 1日に費やすことのできる時間は風呂を焚く間の約1時間なので、何日にもわたってコツコツと作業をすることになります。材料を切り出しただけという日もあれば、板のデザインや柱の角度を計算しただけで終了ということもありました。
 釜場と薪置き場は狭いために、ノコギリを使うにも十分な体勢が確保できません。照明は裸電球1つなので、鉛筆で引いた線が見えないこともあります。なので、切り口がまっすぐになっていません。全般的に決して丁寧な仕事とは言えませんが、自分で使うものであり、使い勝手が良ければOKということで許してしまっています。

 日曜大工をしていると妻に言ったところ、「あんたのは日曜大工じゃなくて夜な夜な大工だよ」と言われました。なるほどなと思いました。

 その「夜な夜な大工」、現在は子供用の積み木をつくっています。まとまった数ができたら、カフェにキッズスペースを設けて置く予定です。
 積み木は、木工所からもらってきた端材を切って角を丸く整えています。端材なので形は不揃いです。なので、不揃いなものを使ってどうやって目的の形をつくるかというオーダーメイド気質を高めてもらいたいと思います。
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by senang | 2007-02-16 10:10 | 【2】DIYな暮らし