カテゴリ:物語( 20 )
 晩秋の頃、冬は暖かいところで過ごしたい1匹の虻が、隠れ家を探していた。寒波が来て動けなくなる前に、最適な場所をみつけておく必要があった。とはいえ、比較的温暖な気候の地でのこと。滅多に雪は降らず、零下になる日も数えるくらいである。虻は気ままにあちらへ飛び、こちらへ戻り、秋晴れの空の下をフラフラと飛んでいた。

 少しばかり冷え込んだ朝、虻は体を暖めるために黒くて大きな壁につかまった。それは、朝日に背を向けて立っている人間の背中であった。人間は見通しの良い大通りで空港行きのバスを待っていた。虻自身はそのことを知る由もない。効率よく太陽熱を吸収することができさえすればよく、人間の背中だろうが牛の背中だろうが何でも良かったのである。
 ほどなくガラガラに空いたバスが来て、旅行者はそれに乗り込んだ。虻は背中とシートの間で潰されないように肩口まで歩いて移動し、再びじっとしていた。30分くらいでバスが停まると、旅行者は大きな空港に入っていった。

 旅行者がガラスの自動ドアを抜けたところで、虻は旅行者の肩からぶ~んと飛び立った。体もだいぶ暖まり、羽の調子も良い。
 右往左往していると、ほんの微かに熟した果物の匂いがする。匂いを追って空港の中を勝手気ままに進んだ。カウンターを横切り、手荷物検査場の列を追い越し、気がつくと搭乗待合室までやってきた。待合室には、出発を待つ大勢の人間がいた。
 虻は、少し強くなって来た匂いの方向へ体を向け、待合室を突っ切るように飛んだ。搭乗ゲートを抜け、機内誘導通路を通って旅客機のドアをくぐった。機内ではフライトの準備が進められている。清掃員の頭上をかすめて機内の中ほどまで来ると、天井にペタリとしがみついた。そこで停止した理由は特にないが、ただ確かなのは、追ってきた匂いのことは忘れてしまっていたことである。そして、天井にしがみついたまま、ウトウトと寝てしまったのである。

 虻が天井で寝ている間に旅客機は離陸したようである。虻が目覚めとともに見下ろすと、大勢の人間の頭が椅子に整然と並んでいた。旅客機は低いうなりをあげており、窓からは横に雲が見えた。虻は大して気にもとめず、再び天井でじっとしていた。
 数時間後、虻は旅客機が着陸した気配を感じた。正確には、開いたハッチから流れ込んできた空気を嗅ぎ、違う場所へ来たことを察知したのである。虻は天井を離れてハッチへ向かった。気ままな性格ではあるが、何かにつけて一番でなければ気が済まない性分でもあった。
 虻は勢い良くハッチから飛び出すと、これまでに嗅いだことのない匂いを追った。硬い水の匂いである。それが強くなる方へと急ぎ、搭乗待合室を抜けて到着ロビーにたどり着いた。そして、一気に建物の外へ飛び出した。

 そこは国の最北の地。秋とはいえ、温暖なところから来た虻にとっては真冬より寒い。冷気を受けてたちどころに体が動かなくなり、はらはらと墜落してしまった。

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by senang | 2006-10-01 22:25 | 物語
10億円で国をつくる男 「事業展開」
 吉村良治は、永野町のみならず栗下市で最大の土地所有者となった。その大半が林地であるが、面積は栗下市のおよそ4分の1にのぼる。持っている土地が多いため、吉村は市で最高額の個人納税者となった。市役所は異例の事態に戸惑いながらも税収の急増を歓迎し、吉村の構想に対して全面協力する姿勢を打ち出した。
 2017年に入り、吉村の事業がスタートした。
 町の中心部近くの広い空き地で工事が始まった。山から伐りだした木を材料として大きな建物を建てている。再々工事の進捗を確認しに来る吉村は、町の住民が暮らせるだけのエネルギー供給が可能な施設をつくると繰り返し語っている。他所から来た技術者と思われる者の他、町内からも多数の雇用を募って工事を進めた。
 山あいにはかつて農地だったところが点在している。今では草木が生い茂り、人が入ることのできない藪になっている。春になり、吉村は村内で人を募り、藪になった農地の周囲に柵を張り巡らせた。そして、その中に大量の牛を放した。牛があらかた草を食べた後に羊を放し、食べ残した草木を根こそぎ取り除いた。5月の連休頃にはそこへ耕耘機を投入して耕して種を蒔いた。
生産調整によって農家が持て余していた水田には、再び水が張られて稲が植えられた。「国の政策を無視した農業をするな」という主張を掲げて反発する者もいた。彼らの主張は、生産調整を守らなければ助成金がもらえなくなるということなので、吉村は助成金額以上の資金を渡すから米をつくってほしいと説得して回った。
 夏が終わる頃から、山の木の伐採も始まった。間伐が主体なので効率は悪いが、スケールメリットを活かして生産性を向上させた。どこまで行っても吉村が所有する山なので、縦横無尽に作業道を抜くことができた。伐った木はストックヤードに運び込まれ、次々とエネルギー生産施設の中に送り込まれていった。これによって、無計画に植林されて弱っていた山が、健全な環境を保つ山として蘇った。
 10月に稲刈りを行った。吉村達が栽培した米は食べるためのものではなく、とにかく収量を上げることに力を注いだため、平均反収の1.5倍の収穫高を得ることができた。収穫した米はエネルギー生産施設に運び込まれ、そこでアルコールの醸造が始まった。
 吉村が現れて1年が経つ。最初は半信半疑の住民が多かったが、作業に携わる者が段々と増えてきた。山、荒れた農地の復旧、施設などのプロジェクトごとに、仕事を取り仕切るリーダーも育ちつつある。それまで自信と誇りが持てなくなっていた農林業に対して、再び可能性を見出す者も現れた。吉村の事業によって放置された土地が息を吹き返していくのを目の当たりにし、また、雇用が生まれたこともあり、住民の笑顔は確実に増えた。
 反面、一部では「今更どうなる」という批判も出た。しかし吉村は、そんな声を気にすることなく事業を進めていった。


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用語解説[ 固定資産税 ][ 生産調整 ]
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by senang | 2006-08-12 12:03 | 物語
10億円で国をつくる男 「16,000ha」
 吉村良治とは一体誰なのか?栗下市永野支所の職員の調べですぐに判明した。吉村は参議院議員である鈴木たろうの第一秘書として活躍しており、ゆくゆくは自らも政治家になりたいという志を持つ人物であった。能力も高く、周囲から出世を期待されていたが、2015年9月に政治の世界に幻滅し、突如として鈴木たろう事務所を辞職している。その後の足取りはわかっていない。
 説明会の日、自家用車2台が町にやって来た。乗っていたのは総勢6人で、パリッとした背広を着た長身の若者が吉村である。会場に着くなり、6人がホールに椅子と机を並べ、資料を配って会議の形を整えた。
 日が落ちて説明会が始まる頃には、200席を用意した会場に立ち見が出るほど人が集まっていた。定刻になると吉村が登場し、熱っぽくはっきりした口調で会場へ語りかけた。

「永野町のみなさま、お疲れのところ多数お集まりいただき、誠にありがとうございます。私は、よしむら・よしはると申します。『よし』『よし』が2つ続きます、『ヨッシー』と呼んでください。」

 親しみを込めた吉村の挨拶は、緊張感が漂う会場で空回りした。しかし、滑ることを計算に織り込んだアイスブレイクであったことには誰も気づかなかった。

「私は、誰も見向きもしなくなった山や草に埋もれてしまった田畑に、もう一度命を与えたい。みなさんやご先祖が営々と守ってきた財産を最大限に活用させていただきたいと考えています。」

 そのように本題を切りだした吉村は、エネルギーと食糧の供給地としてムラの役割を復活させたいという夢を語り続けた。元政治家秘書であるため、演説のノウハウと話術は心得ている。厳しい質問や批判が出たが、逆にそれに真摯に答えることで流れをリードすることができた。宗教団体が土地を買い占めに来たという噂を鵜呑みにしていた者も多かったため、最初はかなり怪訝そうな表情が目立ったが、吉村に元気づけられて途中から自らの夢を語る者も現れ、笑いを誘う場面もあり、最後は満場の拍手で説明会を終えた。
 永野町の土地、特に大部分を占める林地の所有者や納税義務者の3分の2が、かつて村から出て行った者である。彼らは、郷里に土地を持っていることを親から伝え聞いてはいたが、どこにどれだけあるのかわからず、放置したままとなっていた。吉村は1年かけてこれを調べ上げると同時に、1軒ずつ交渉を重ねて取得していった。この日の説明会までに、吉村は永野町の土地の半数を買い占めていたのである。
 説明会の後、吉村は新たに在住者が所有管理する土地を購入し、または利用の承諾を得ることができた。手にした土地は合計1万6千ヘクタール。そのほとんどが林地であり、あとは使われなくなって久しい田畑である。
 かつては産業資本として脚光を浴びた山は、この時代、全く価値がなくなっている。逆に、所有に縛られてうんざりしている者も多い。買い手もなく困っているというのが山持ちの実情である。そんな背景もあり、林地の評価額は破格値となっており、1ヘクタールあたり20万円もしない状態であった。吉村が評価額の倍で買うとしても、買い占めに要した金額は8億円にも満たなかった。


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用語解説[ 納税義務者 ]
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by senang | 2006-08-08 18:57 | 物語
10億円で国をつくる男 「土地を買い占めろ!」
 「栗下市永野町で土地の買い占めが進んでいる」・・・そんな噂が2016年の夏に伝染していた。大規模な産業廃棄物処理場が造成される、原子力発電所が建つなどという裏情報が錯綜しているが、今日まで具体的な動きはない。
 平成の大合併によって栗下市永野町となった旧永野村は、急峻な山間部に位置する面積2万ヘクタールあまりの小さな村だ。村の面積の90%が林地、3%が農地という何の取り柄もないところで、第二次世界大戦後に7,000人と最大だった人口が、現在では1,000人を切りつつある。
 2016年秋、土地買い占めの噂はそろそろ忘れ去られようとしていた。そんな時、突如として永野町在住者に封書が届いた。全世帯約600戸に対して一斉に送付されてきた手紙の内容は、使用していない農地と林地を評価額の倍で売ってほしい、または固定資産税の倍の使用料で使わせてもらいたいというものだった。
 小さな町のこと、住民は「それきたか」「噂は本当じゃった」とばかりに蜂の巣を突いたような騒ぎになった。しかし、どうもおかしい。土地の用途は産業廃棄物処理場や原子力発電所を建設するという類のものではなく、届いた手紙には、新しい国づくりのために土地と資源を有効に使わせていただきたいということが書かれていたのである。さらに、2016年10月に永野町のタウンホールでこの件に関する説明会を開きたいということも書かれていた。
 どこの会社がこのようなプロジェクトを動かそうとしているのか判然としない。封書には、ただ「吉村良治」とだけ書かれており、他には所属も何もない。どこかの企業でもなければ、組織団体でもないようである。
 そんなこともあって、再び湧いた土地買い占めの噂には、宗教団体が関わっているのではないかということが追加された。


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by senang | 2006-08-07 00:19 | 物語
10億円で国をつくる男 「序3:ヨッシーの夢(28歳)」
 「今の政治のシステムでは社会を健全な方向に導くことは難しい。」それはこの世界に携わるようになった時から何となく感じていたことですが、今回の選挙戦を経て確信となりつつあります。強力なリーダーシップを発揮できる指導者、あるいは独裁制でもない限り、今の仕組みで世の中を変えることは無理なのではないでしょうか。
 今回、政治という土俵で社会の改革を行おうと試み、微力ながら先生の出馬を支援させていただきました。しかし、当選は先生の能力や施策目標に対する評価とは何ら関係なく、政党派閥と資金力によるものであることは誰が見ても明らかです。その仕組みなくしては、今後の政治的成功もあり得ないと感じているところです。
 私自身は未来に対する夢と希望は変わりません。ただ、方法論が異なるというだけです。これからは別の生き方と活動の場を求め、日本と人類にとって真に明るい世界を拓いていく所存です。
 短い間でしたが、お世話になりました。先生とスタッフの皆様のご活躍を祈念しております。

                 2015年9月 参議院議員・鈴木たろう事務所への辞表 吉村良治


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by senang | 2006-07-01 11:25 | 物語
10億円で国をつくる男 「序2:ヨッシーの夢(18歳)」
社会保障制度でみんなが幸せになれるのだろうか?
政治家は国民のリーダーとしての資格があるのだろうか?
日本は先進国なのかもしれないが、不幸な人が減らないのはどうしてだろうか?
今の社会には色々な問題がある。将来が見えない。幸せを感じることができない。
だから、社会を動かす仕事がしたい。総理大臣になるのが夢だ。

                             2005年3月 緑山高校卒業コメント 吉村良治


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by senang | 2006-06-30 00:41 | 物語
10億円で国をつくる男 「序1:ヨッシーの夢(8歳)」
 ぼくは、大きくなったら、王さまになりたいです。なぜなら、わるい人がいない国をつくりたいからです。きのうも、どこかでぼくと同じ3年生の子どもがころされました。王さまになったら、かなしい人がいない国をつくりたいとおもいます。

                            1995年6月 みどり山小学校3年 吉村よしはる


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by senang | 2006-06-29 18:15 | 物語
「眠男」、連載打ち切り
 気の向いた時にアップしてきました「眠男」ですが、この度、連載を打ち切りました。公開していないものも含め、全30話(完結)を下記にまとめてアップしております。よろしければご覧くださいませ。

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by senang | 2006-06-09 09:15 | 物語
眠男 第25話
 フライト許可が出ない!海に浮かんだヘリプレーンの中で小三郎とアレックスは焦っていた。小三郎が入力したフライトプランは海岸線と垂直に進んで海上を飛ぶものであり、周辺に重要施設もなく、空中の混雑もないはずである。不可解に思って何度も申請をやり直したが、管制センターから返ってくる返事は全て不許可というものだった。
 小三郎は目的地に問題があるのではないかと感じた。その理由を考えている時間はなかったため、海岸線に沿って南下するコースを再設定し、もう1度申請した。虚偽の申請は違反であるが、許可が出た後で申請コースを外れて本来の目的地へ向かおうと思ったのだ。
 ほどなくしてフライト許可を受信し、ヘリプレーンのシステムがオンラインになった。小三郎は勢いよく上昇すると、海の向こうに見える雲へ向かって全速力で飛び立った。水平線を見つめる小三郎とアレックスの顔は、今にも沈もうとしている夕日に照らされてオレンジ色になっている。
 すぐにコースから外れていることを伝えるアナウンスが鳴った。2人はそれを無視してしばらく飛び続けた後、小三郎は「ここだ」と小さく呟きながら、直感に従い雲の中へ向けて操縦桿を引いた。
 雲の中は真っ白になって前後左右がわからず、まるで牛乳を入れた巨大なグラスの中を泳いでいるように感じる。方向感覚を失ったが、それでも上へ向かってしばらく飛び続けた。すぐに小三郎は計器の異常に気づいた。コンソールに示された緯度、経度、高度の値が、全て23.1を指していたのである。故障なのかちゃんとした原因があるのかはわからないが、とにかく現在地が本当にわからなくなってしまった。
 慌てても仕方がない。しかし、どうして良いのかもわからない。上昇したりホバリングしたりしていたが、とうとうアレックスが口を開いた。

「ここなの?」
「わからない。でも、ここだと思う。」
「どうする?」
「どうしようか?」

 かれこれ1時間半はここにいる。じきに燃料もなくなりそうだ。
 それから2人は、不思議というより不自然な現象を感じた。日が暮れていないのである。離陸した時は夕暮れであり、数十分もすれば真っ暗になるはずであった。しかし、今も雲に突入した時と同じように明るい。雲の中で目にできるものは白い靄しかないが、雲全体が柔らかい光を発したまま闇を退けているようだった。


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by senang | 2006-06-04 02:35 | 物語
眠男 第24話
 2人の話を聞いた弘は、車で海まで送るという。そして、言うが早いか外へ躍り出て、玄関へ詰め寄っている不気味な集団を殴り散らした。その間にアレックスと小三郎はガレージへ向かい、弘の車に乗り込んだ。
 すぐに弘もやって来て、即座にエンジンをかけて発進した。ガレージの扉を突き破り、道路に溢れているシーザードを跳ね飛ばして大通りへ向かった。走ってこようとする者もいたが、車に追いつくことは難しいようである。弘は、信号も車線も対向車も無視して海までの最短ルートを走った。

「シーザード、玉を狙ってる。」

 跳ねる車の中でアレックスが言った。今回のシーザードは特定の人物をターゲットにしているのではなく、玉とそれを持っている者を狙っているというのだ。

「小三郎、時が来たみたいだね。兄さんの時と同じ、弘さんの。」

 アレックスのその言葉を聞き、弘は兄が亡くなった時のことを思い出した。アレックスの推理によると、兄は玉を持っていたために不気味な一団に襲われて死亡したということになる。兄は逃げ切れなかったが、直感的に小三郎を同じ目に遭わせてはいけないと思った。
 海岸に着いたが、シーザードは追ってきていない。

「片づいたら、また遊びに来いよ。」

 そう言った後、弘は今のうちに行けと急かして2人を見送った。2人は松の茂みの奥へと消え、海上に停泊しているヘリプレーンに向かった。弘はヘリプレーンが離陸するまで見送ろうと思い、ゆっくりと車の外へ出てタバコに火をつけた。


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by senang | 2006-06-04 02:30 | 物語