カテゴリ:【0】センシブルワールド( 139 )
センシブルクイズ 12
鼻の長い生き物を3つ答えよ。

息子(8歳)の回答
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by senang | 2006-03-11 02:28 | 【0】センシブルワールド
「生命地域」と「生命産業」
 里山復興をシンボリックにし、また、具体的な活動としてわかりやすくまとめる作業をしました。関係者向けの説明資料ですが、ちょこっと紹介いたします。ご意見などいただけると助かります。

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1.「生命地域」の考え方

「生命地域」の中の里山
 中国山地の中央に位置する山々、神戸川・斐伊川の源流、江の川へ注ぐ清流。わたしたちのまちは、まさに「生命地域」。そして、「生命地域」の中の人々の暮らし、景観、その周辺の自然環境は里山と呼ばれています。

里山でつくられる水と食べ物
 ブナ林をはじめとする広葉樹林を残すことによって、きれいで豊富な水がつくられます。さらに、環境に配慮した農業を営むことにより、安全で美味しい食べ物がつくられます。

里山を守る地域社会の維持
 「生命地域」に暮らすわたしたちには、里山を守り育て、後世に伝えていく使命があります。それは、地域の人々のたゆみない活動に支えられています。1人ひとりの力は小さいかもしれませんが、みんなの力をまとめて地域全体の「うねり」を発揮していくことが求められます。

 以上の考え方に基づき、豊かな自然を活かすこと、住民が安心して暮らせること、住民1人ひとりの参画によって地域を動かしていくことをわたしたちの新しいまちづくりの方向性とします。

(以上、「新町建設計画」より抜粋)

2.「生命地域」の中で生命産業を組み立てる

 「生命地域」の大原則は、自然の循環。太陽エネルギーと天からの水や雪を取り入れて植物が育ちます。植物からきれいな水や空気が生まれ、安全・安心・美味しい食べ物が収穫できます。人々の営みの後に出る廃棄物は環境にストレスのない形で返します。
 「生命産業」とは、そんな自然の循環の中で人の営みを構築することです。さらに、町の資源を活かして、生活に必要なものの自給率を高めることを目指します。

農林畜産業
 農林畜産業は生態系をつくる産業であるべきです。生態系の中で持続的な資源の生産を可能にしてこそ、産業が成り立ちます。これを大原則としなければ、自然の循環の中で生きていくことはできません。特に、生活の基礎をつくる農林畜産業は、自然の循環を強化させていくものとして位置づける必要があります。
 食糧の約60%を海外に頼っているという現代日本の危うさを考えた時、資源的に豊かな飯南町から社会のあり方に一石を投じ、メッセージを発信することが重要です。

  →小規模農業(単一作物の大産地化へのアンチテーゼ)
  →地産地消(半径10kmのものを食べようプロジェクト)
  →農・畜・林が一体となった循環型農法(稲作、稲藁飼料、放牧、草刈りの一体化)
  →機能性食品の開発(発芽米、ソバ芽、桑茶など)
  →里山生活の知恵が詰まった商品の開発(薬用植物、炭製品、ササエキス)
  →生産と収入による主観的健康感の醸成(高齢者の生きがいづくり)

癒しの空間づくり
 人類は、この世に発生してからつい最近まで自然とともに生きてきました。都市を形成し、土や木から隔離されて暮らし始めたのはわずか100年前からです。従って、人間は都市にいるだけでストレスを感じてしまいます。
 里山では、現代人が本来の場所に帰り、「失調してしまったリズム」を整えることができます。それは、「自然のリズムを吹き込まれた命」を取り戻すことでもあります。

  →予防医学の導入(免疫機能の活性化、主観的健康感の醸成)
  →楽しく実践できる自然のリズムに沿った食と暮らしの提案
  →森林セラピー(来訪者向け滞在タイプ、在住者向け居住タイプ)
  →園芸療法

エネルギーの自給
 日本はエネルギーの96%を海外に頼っており、エネルギー危機は食糧危機以上であると言えます。従って、天変地異や国際情勢の悪化で輸入が止まっても生きていくことのできる社会をつくることが急務です。
 化石燃料に代わるものとして、バイオエネルギーが見直されています。化石燃料は掘り尽くせばいずれなくなってしまいますが、バイオエネルギーは太陽がある限り無限に得ることができます。まさに生命地域にふさわしいエネルギーです。
 かつての里山は、炭や薪などのエネルギー生産基地でした。石油が使われるようになって里山は放置されてしまいましたが、今、再びその価値を見直す時期がやってきました。農林地は食糧とエネルギーをつくる場として再生していく道が拓けています。

  →木質バイオマスの実用化(町内の電力をまかなうシステムづくり)
  →エネルギー作物の栽培・活用(ナタネ、トウモロコシなど)
  →バイオエネルギーの普及啓発

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by senang | 2006-03-08 12:33 | 【0】センシブルワールド
自然の中の赤
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赤い色は、その形の面白さをさらに引き立たせます。

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赤い色は、けなげさの中に小さな情熱があることを際だたせます。

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赤い色は、固まりになると目が痛くなるほど強烈なパワーを投げかけてきます。
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by senang | 2006-02-24 19:33 | 【0】センシブルワールド
空から降ってくるもの
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 空から降ってくるのは

  黄砂や大量の雪や恐怖の大王だけではなく

   時には荘厳さや慈しみや希望もあるんだということを

    忘れないようにしたいものです。
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by senang | 2006-02-21 02:08 | 【0】センシブルワールド
「逆転」に備える -近代化の最後尾集団より-
 ここしばらくの活動から得た印象として、「逆転」ということを感じています。

 最近の僕は、化石燃料の消費を減らそう、食糧やエネルギーの自給を高めよう、少ない人口で安定した社会をつくろう、そのために里山復興を旗印に掲げようということを吹いて回っています。今日も、広島県にある過疎・高齢化が著しい地域のみなさんと、そんな話をしていました。話の最後におじいさんが手を挙げ、僕がお話しさせていただいた点は大事なことだと受け止めてくださり、実情を語ってくれました。「我が家は薪で風呂を焚いていますが、木を伐りだし、イノシシの穴掘りに対抗しながら運搬のための道を直し、帰ってきて薪割りをするなど、風呂に入ること1つを取ってみてもえらい苦労なんです。それでも、木を使うということが再びできるんでしょうかねぇ。」とのことです。
 確かに、1人でこの工程を全部やろうとすると、ものすごい重労働です。実際にやっているおじいさんは凄いと思います。1人で山仕事をしていてクマに出会ったらどうするんだろう、伐採中に事故に遭ったら助けも呼べないんじゃないか、などと心配もしてしまいます。

 おじいさんは続けます。「チェーンソーの手入れの仕方も、最初は誰も知りません。勉強をして実際に手入れをするようなことを集落でやってみるなどは、できんもんかなぁ。」
 共同体やコミュニティという概念は、生活を維持するために住民が協力するという組織を指すものでした。日本の場合、農作業を行うために集落のみんなが総手で手伝いあい、山の管理も共同で行っていたものです。それが生活維持機能や発展的な側面がある一方、規律や掟、慣習といった制約条件にもなっていました。
 昔の共同体社会を見直すことは、ある意味において必要だと思います。おじいさんが1人で薪を取りに行くより、みんなで分担しあった方が作業効率は格段と良くなり、危険分散もできます。ただし、昔の「隣組」や「五人組」、「出る杭は打たれる」的な共同体社会ではなく、今の社会情勢に合った仕組みや掟として再構築する必要はあるでしょう。
 いずれにしても、「できる」「やろう」という意思が肝心。この方と一緒に、また、周辺の集落と一緒に、新しい活動を始めることができるのではないかと感じました。

 このような話をする時に共通理解が得られるのは、巷で「過疎・高齢化で厳しい状況にある」と分類される地域であることが多いからです。中途半端な田舎(転じて中途半端に都市化しているところ)では、あまりピンときていただけません。今日の山仕事の話にしても、先般の「もやし隊」隊長発見!で述べた話も、多少なりとも共感していただけたのは「限界集落」と評されるところでした。
 このような地域は、近代化が進む日本の最後尾を走っているのかもしれません。しかし、諸々の社会状況や価値観が変わり、クルリと反対を向かなければならない時にはトップ集団になります。それはまさに「逆転」現象であり、一縷の望みになり得ると言えるでしょう。
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by senang | 2006-02-19 16:20 | 【0】センシブルワールド
日本は不均衡開発のツケをどう解消するのか?
 江戸時代初期と比較すると、現在の人口は約10倍。一様に人口が増えたのかと思いきや、当時より減っている地域もあるということです。
 人口が増えているのは三大都市周辺のようで、戦後の都市開発がこれを助長していることはほぼ間違いありません。逆に、減っているのは日本海側が多いようです。近代化に際してバランスを欠いた開発が行われてきたことは、分析をされた谷口氏も指摘しています。

 このような背景を考慮して、ここから先は近未来SFの話をしてみましょう。

 世界規模で起こった災害や気候変動。某国の開発暴走による取り返しのつかない環境破壊。このような激変が起こったことにより、日本は海上の孤立国になってしまいました。食料の6割、エネルギーの96%を海外に頼っていため、いきなり死活問題に直面しました。
 数年前から持続可能な社会の見直しや国内の環境保全型農業などに注目が集まっていましたが、海外からの「輸入の洪水」には太刀打ちできず、また、政治的な圧力も重なり、あまりパッとした動きにはなっていません。しかし、世界的激変によって、国内の生産力を見直さざるを得なくなりました。
 流通業者がこぞって野菜を買いに来ます。収量を上げさせるため、肥料の投入と栽培技術の向上を促し、「農業の工業化」を進めようとします。個人単位で直接買い付けにくる都市住民もおり、農産物泥棒も社会問題化してきました。
 しかし、農業地域では持続的な生産を維持することを選択しました。政治経済の圧力に屈せず、無言の抵抗を続けます。農地の潜在力を最大限に引き出して農業を進めますが、それ以上の負荷をかけないことに配慮しました。農業は生命の循環をつくる産業であることを大前提に、黙々と地道な作業をこなしていきます。
 輸入ストップと農業生産力の限界により、暮らしていくことのできる人口が明確になりつつあります。日本の人口1億人に対し、扶養可能なのは5分の1に相当する2千万人。
 その時、都市が取った行動は...?さらに、農山村が示した提案は...?

 <続く・・・>(多分)

人口集中『石高』で点検 江戸時代の循環型社会を基準にすれば・・・
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by senang | 2006-02-17 19:58 | 【0】センシブルワールド
「もやし隊」隊長発見!
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 今日は朝から「人間圏」のエンドゾーンへ行っておりました。里山領域が無力化し、奥山との境目が曖昧になってきています。高齢化率が60%を超え、集落によっては100%というところもあり、住んでいる人達の未来も決して明るくはありません。
 この町は、かつて林業で栄えたところです。当時の栄華を称え、「緑の工場1500ha達成記念塔」なるものがありました(写真)。役場横の会館の裏手に、巨大なコンクリート製の建物がありました。昭和46年(1971年)の建造です。
 「『緑の工場』の記念碑がコンクリート製!?えぇ~っ・・・」と思いましたが、当時としてはまさに造林事業の勢いを誇示する象徴的なものだったのでしょう。林業バブル(=補助金バブル)華やかなりし頃、高度経済成長期のまっただ中につくられた、コンクリート神話の遺物です。

 それはさておき・・・

 さて、「人間圏」としてはターミナルケアを施すべき集落もあり、消滅までのカウントダウンが始まっています。今日は、そのような集落にお住まいのおじいちゃん達が講演の聴衆でした。
 あまり遠大で長時間の話をしても理解していただけないと思い、僕の話はそこそこに切り上げました。その後、お昼ご飯のお弁当を食べながら意見交換をするという場面を設定していただきました。飲み食いしながらの方が、思ったことを言いやすい雰囲気になりますからね。

 僕が「みんなが若い頃、焼畑やってたんじゃないですか?」と切りだした途端、おじいちゃん達の目の色が変わりました。会場の空気も変わりました。おやっと思い、焼畑経験者に手を挙げていただくと、ほとんど全員。
 それからというもの、焼畑談議に湧いたのです。「1年目はソバを播いた」、「それからダイコンをつくってマメをつくったなぁ」、「3年したら放置して山に返すんよ」、「おぅ、ワシは1回でアズキを2俵もつくったぞ!(誇らしげ)」、「最近は消防がうるそぅて山は焼けんじゃろ」・・・。凄いです。もう忘れ去られつつあると思っていた焼畑の技法や光景が、次から次へと出てくる出てくる!
 話はさらに広がっていき、50年前は全て自給自足の生活だったこと、造幣局と契約してミツマタを収穫していたことなどの話に花が咲きました。その中で、収入が大事と言いながらも「山の価値を見直すきっかけを本当に探している」というご意見がありました。まさに、これから実践しようとしている里山復興の基本理念です。

 焼畑という言葉1つで、老いて先の短いおじいちゃん達(失礼!)が貴重な資源に変わったのです。彼らは、当時の様子を懐かしむだけではなく、技術も持っています。「もやし隊」の隊長クラスです。「この地域でなら焼ける!」という手応えをつかみました。

 どうやら僕は、これまで話をする対象とアプローチ方法を見誤っていたようです。
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by senang | 2006-02-15 20:07 | 【0】センシブルワールド
人間性の劣化 -自滅への道-
 「ウサギ虐待死」の記事を目にして大きな不快感と怒りを覚えた方が多いと思います。ウサギをさらって蹴り殺した者が極刑になっても、「目には目を」ということで納得される方も多いでしょう。しかし、それだけで済むものではなく、根本的な問題は別のところにあります。人間社会そのものにほころびがあること、人間社会そのものが危機的状況にあることを我々は認識しなければなりません。
 まず、社会側の問題を挙げるとすれば、命を同列に扱っていないところにあります。今回の犯人の罪は「動物愛護法違反」。命を陵辱しておいて「違反」で済むのが今の世の中なんですね。
 次に、人間性の問題としては、我々の社会はこのような者の発生を許すバックボーンを有しているということです。3人を処罰するだけではなく、根元を見直さなければなりません。

 この事件は、理屈ではなく、本能部分に訴えかけてくるものがあります。それを端的に表した言葉がありますので紹介いたします。

 「人間以外の生命の軽視は、他人の生命(生存権)を軽視する情感へと繋がりかねない。つまりそれはヒューマニズム崩壊への危険を潜めている。」(前後の文章は下記参照)

 「ヒューマニズム崩壊」というマイルドな表現をされていますが、言い換えれば、今回の行為は「人間(社会)の自滅」の可能性を高めてしまったことになります。その道を避けるためには、人間のあり方をもっと真剣に考えなければなりません。

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<ウサギ虐待死>18歳の3人逮捕 ボール代わりにける
 [ 02月15日 12時43分 ]


 小学校で飼育していたウサギをサッカーボール代わりにけって殺したとして、警視庁少年事件課は15日、いずれも東京都江東区に住む18歳の無職少年3人を動物愛護法違反などの容疑で逮捕したと発表した。
 調べでは、3人は昨年5月8日早朝、同区辰巳の区立辰巳小に侵入し、ウサギ小屋からオスのウサギ1羽を盗んだ。さらに近くの公園で約1時間にわたってけるなどの虐待をし、死なせた疑い。「おもしろくてエスカレートしてしまった。死がいは近くの運河に捨てた」と供述している。
 3人のうち2人は同小の卒業生だった。ウサギは「ゆきのすけ」と名付けて児童らが4年前から世話をしていた。行方が分からなくなると、近所に張り紙をして捜していたという。同校の並木明校長は「あまりにかわいそうで、児童たちには話していなかった」と話している。【合田月美】

(毎日新聞)
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<参考> 生命の虐待は人間の自滅につながる
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by senang | 2006-02-15 17:24 | 【0】センシブルワールド
地球上に女と男が存在する理由
 「女性は宇宙由来。男性は地球由来。」

  今日の昼のこと。ウトウトしかかった時に突如としてこんなことを思いつき、ハッと目が覚めました。
 ここで言う「女性」「男性」とは、単に雌雄という生物学的な区別のことではなく、本質について指しています。観念的に言えば、「女」「男」という「性」の字は、親和や凶暴や貧乏などと同じく、「そのような性質を持つもの」という意味です。

長くなったので折りたたみました。興味を持たれた方はどうぞ。
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by senang | 2006-02-14 22:43 | 【0】センシブルワールド
満月が雪に青白く反射して綺麗でした
 今夜の仕事帰りの景色は綺麗でした。空は晴れ渡っており、明るい月が出ています。道路の脇や山肌には雪が積もっています。雪に月光が反射して、空間全体がほんのりと青白い明るさを帯びていました。自動車で走っていたのですが、明るいので街灯やヘッドライトがなくても見通しがききます。それで、直線道路でライトを消して走ったりしてみました(よい子は真似しちゃダメよ)。
 写真に写るほどの明るさはありませんので、残念ながらその光景をお見せすることができません。それに、あの不思議な空間は、実際に体験してこそわかり得るものなのかもしれません。画像や言葉で伝えられない微妙な光量、色彩、雰囲気などは、意外と多いような気がします。ただ、それに気づかずに通り過ぎてしまうだけで・・・。
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by senang | 2006-02-13 23:18 | 【0】センシブルワールド