日本という船が沈む
 ある新聞記者さん曰く。

 経済学者であるK大学のD准教授などは、物事の価値観を全て経済コストで測るそうです。典型的な主張として、家と家との距離が遠い農山村は生活を維持するためのコストがかかるから、まとまって都市部へ出てくればよいというものがあります。そうすれば、サービス提供にかかる社会的コストを抑えることができるという寸法です。さらには、このような考え方の延長線上として、都市はもっと都市化すべきである、農山村はなくなればいいというお考えをお持ちのようです。
 僕としては、そうやって出て行った先に何があるのか、彼はそこに何を見いだそうとしているのか、じっくりと聞いてみたい気持ちになりました。

 さらに記者さんは続けます。

D准教授だけではなく、その師にあたる経済学の大家や元大臣のT氏なども同様の考え方を持っているとのこと。T氏に至っては、人が故郷を離れるのは場所を問わず日常的なことであり、農山村から人が出て行くのも人生の選択の1つである、だから取り立てて問題視すべきものではないという主張をされたことがあるそうです。かつて経済再建を担った人物がこの程度の認識しかないわけです。

 日本の経済や政策を左右する立場の者が、概してこのような考え方にあることに大きな危機感を覚えます。さらに、日本の人口の約7割が都市部で暮らしていることを考えると、大半の日本人は、資源の生産・循環について実感もなければイメージも湧かないんだろうなぁと思ってしまいます。将来に希望が持てなくなるのもうなずけます。

 限界集落で記者さんとそんな話をしながら、「あ、日本はもう終わったな」と感じました。その後には、ほどなく現代文明も終焉を迎えることになるでしょう。
 そもそも、資源枯渇時代が来るなんてことは、SFの世界くらいにしか思っていないのではないでしょうか。
[PR]
by senang | 2007-09-06 19:47 | 【2】自給について
<< 「Yらぼ」がオープン 堆肥散布 >>