限界集落に生きることを楽しむ
 昨日はHエリアの集落にお邪魔しました。ちょうどお盆ということもあり、帰省者を交えた交流会が催されていました。この交流会、「ビール会」という立派なサブタイトルがついており、大勢(とは言っても10戸しかない)が集まり、ワイワイとやっておりました。
 ここは限界集落の1つです。しかし、住んでいる人も帰省している人も、やたらと明るくてフレンドリーです。「もうダメだ、限界だ・・・」という空気はありません。サルやイノシシから寝ずに農地を守ることも含め、「ここで生きていることを楽しんでいる」という実感が伝わってきました。

 みんなのビールが進むにつれ、前向きな話が飛び出します。秋には数年ぶりの出身者会を開催しよう、小学校の子供を呼んで芋掘り大会をしよう、耕作放棄地(下の写真)に火入れをしよう、そこへ花桃を植えようなど、積極的なプランがどんどん出てきます。
 集落最後の子供だった方は今や50歳代。その方から後に子供は生まれていません。正確には、子供を産む世代が数十年前に途絶えてしまいました。集落から都会へ出て行った方は、戻ってきて住む可能性は限りなく低いというのが実情です。残った高齢者の元気があと5年は続くかもしれませんが、このまま推移すれば10年くらい先には急激に人や家がなくなってしまうと予測できます。

 様々な状況を重ね合わせつつ、限界集落に生きることを楽しむ。意識のうえでも実態においても、そうでなければ活性化などという言葉は上滑りしてしまいます。これから本格化してくる社会実験においても、中途半端に集落をかきまぜるのではなく、そこに住む人とともに考えたり感じたり行動したりすることが何よりも重要だと実感しました。

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by senang | 2007-08-16 23:08 | 【3】そこに住む人々
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