15平方kmの「自給圏域」
 今日、エネルギーファームをつくるのが夢だというおじいさん(もうすぐ80歳)から電話がありました。その内容は、今年の秋に地区の資源を見直す活動やパネルディスカッションを実施しようと考えているので、ひとつ話に乗ってほしいというものでした。最初はおじいさんの一方的な演説に「うん。うん。」と相槌を打っているだけだったのですが、話が段々と面白い方向へ進んでいったのです。

「ここの地区は15平方kmあるが、昔はこの中で全てを自給しとったんです。何でもつくっとったんよ。鍛冶屋も店屋もあって、生活に必要なものは全部揃った。戦時中は戦闘機の燃料もつくってましたよ。」

 100%に近い食糧を自給することは十分に可能だと思います。それよりも、僕は戦闘機の燃料をつくっていたという点に興味を持ちました。これを現在の動力源として復活することができないかというわけです。
 燃料として、何をどれだけの量生産していたのかについて聞こうと思いましたが、おじいさんはご自身のペースで話を続けます。質問しようとした時には昔の町並みの話になっており、今は使われなくなった道路や家の並びなどが記憶にある今のうちに地図にしておきたいということを延々と語っていました。

 僕は今、食糧やエネルギーの自給をするための「自給圏域」を設定し、その中で資源を循環的に使える仕組みをつくりあげてみようと考えているところです。現在と数十年前(おおよそ60年前)では生活の様相が大きくことなると思いますが、おじいさんの話によると、半世紀ちょっと前には「自給圏域」の基本ユニットがしっかりと機能していたということになります。しかもその規模が15平方kmということは、とても参考になります。

 生活に必要な店や職人さんが揃っていて、燃料までつくっていたという町は、どのようなものだったのでしょうか。秋には再現地図をつくりたいということですので、じっくりとその内容や暮らしぶりを調べたいと思います。
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by senang | 2007-06-04 17:23 | 【2】自給について
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