備えあれば憂いなし
 「備えあれば憂いなし」というのは有名な諺ですが、自給的生活は「備える生活」であると言ってもよいでしょう。人間は、備えなくても食べていける&生きていけるに越したことはなく、それができれば最も豊かで贅沢なのかもしれません。しかし、現代は備えがなければ生きていけないというのが実態だと思います。
 備えるものは実に様々あります。僕の場合、食糧やエネルギーの確保が備えの大きな部分を占めており、これらを用意する道具や設備も必要です。一般的には、地震、津波、寒波、熱波などの自然災害への対処も備えですし、お金を備えとして大事に貯めている人もたくさんいるようです。
 きちんとした備えは、安定した生活の保障になります。そして、「備えあれば憂いなし」を越え、「備えあれば楽しくなる」「備えあれば優しくなる」になっていきます。さらには、備えがあれば自分以外のことを考える余裕ができ、ひいては未来や人類の将来といった自分とは直接関係のないことを考える力を生みます。

 では逆に、必要な備えを失った時や備わっていない時などはどうなるのか?

 個人的には、そこから貧困が始まると考えています。物理的・経済的な貧困は勿論のことですが、それにとどまらず、発想やイメージが貧困になるというように心の余裕すらも失ってしまいます。とりあえずは目先の資源が必要であり、「自分さえよければよい」という利己的発想につながります。
 今の日本で個人主義をはき違えた人が多く、異常な事件が頻発しているのは、日本の備えが貧弱である実態に起因しているのではないかと見ています。
 飽食の時代と言われている今の時世に、錯誤的な話に聞こえる方もいることでしょう。しかし、その飽食を支えているのは自国の備えではなく、海外の資源であることは周知のとおりです。
 日本は潜在的に資源の豊かな国ですので、「備えあれば憂いなし」が目標ではなく日常となる社会をつくることは十分に可能だと思います。
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by senang | 2007-05-16 19:31 | 【2】自給について
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