脱・集落&新たなコミュニティ創出 その2
 その1 その3 その4

【その2 たった50年で無効化した集落のルール】

 生活や資源を守るため、集落のしきたりにはそれなりの必然性がありました。そこには暮らしや生業の知恵がたくさん詰まっています。



 家同士の連携、連携というよりは統制・抑制のメカニズムを強固にすることは、例えば貴重な水をみんなが平等で使うことには非常に有効でした。田に水を引く場合、集落の「家間抑制システム」は水の独り占めを排除し、全ての田へ均等に水を配分することができます。
 話し合いの場に世帯主が出席するのも、水の配分や山の境界を巡って争議になった時に、年の功と腕力が解決の決め手となったためです。ひと昔前までは、水争いが絶えなかったという集落も多く存在しています。
 「新参者」に冷たいのは、限られた資源を使うには人数が少ない方が有利という考え方があったためです。新たに住みつく者が増えると、1世帯あたり・1人あたりの食い扶持が減ってしまいます。
 従って、集落が長年にわたって維持してきた手法には、生存のための必然性があったわけです。そのため、良いか悪いかは別として、集落の掟は容易に変えてはならないという類のものであり、集落とは新しい人や考え方を受け入れることを必ずしも是としない集団なのです。

 このような性格は、近代まで有効だったと思います。しかし、現代は様子がかなり異なってきました。里山資源を利用する必然性が薄れ、里山資源が有限であるという状況ではなくなってきたのです。

 かつては、限られた資源の範囲内でどうやって多くの人を養うかということが最上位のルールとなっていました。集落で「家間抑制システム」、「争議解決のための世帯主」、「新参者の排除」が厳格に働いていたのは、有限である資源の限界値を超えないためです。
 時代は流れて、高度経済成長期以降の日本では人々が都市へ集中していきます。さらに、プロパンガスや灯油が炭や薪に取ってかわり、海外から安くて大量の食糧が入ってくるようになりました。里山エリアも例に漏れず、プロパンガスや灯油を燃料とした近代的な生活が主流となります。里山資源の利用は限界値を下回るどころか、資源として見なされないようにさえなりました。集落の住民も、里山の資源に依拠しない生活を数十年送っており、そう考えるようになってしまっています。集落の若い世代も、外部資源で成り立つ暮らしの中で生まれ育っており、山に入ったことがない者が多いというのが普通です。

 資源を守りながら利用してきた時代は、たった50年程度で終焉を迎えました。これに伴い、資源上限を意識してつくられて数百年来続いてきたルールも無効化しました。それでも集落の体質だけが残っているというのが今の実態です。
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by senang | 2007-04-10 14:05 | 【2】コミュニティ
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