design & entertain
 「自給にはマルチ性が求められる」という見解に達しつつ、生活まわりの様々な作業を手がけています。作業に充てる必要が思っていた以上に多いと感じています。例えば、薪を運んだり置く場所をつくったり、家の中に仕切りを立てたり、破損している壁に覆いをしたり、作業に使った資材を置く場所を確保したり。時間がない中、急ぐものはどうしても「とりあえず」と急場しのぎになってしまうこともしばしばで、最近は見てくれは後回しで最低限の機能さえ確保できれば良いという状態が続いています。
 同時に、先人は生活すること、つまり生存に必要な作業に生きている時間のほとんどを費やしていたのではないかと感じています。当然ながら、生きるために働いているのは、ひと昔前の人だけではなく、現代人の大半もそうだと思います。中には働くために生きている人もいるのかもしれません。しかし、その仕事は勤めという形によって段々と生存から遠い作業となっていき、極限的には「生活臭のしない人」がもてはやされたりもします。
 生活臭のない人、言い換えれば生存のスキルを持たずに生活する人は、何となく嘘くさいなぁと思ってしまいますが・・・。

 話を戻しましょう。

 個人的な問題として、時間的にも精神的にも余裕がないという状況に陥ることが最も良くないと感じています。その表れが、急場しのぎの「とりあえず」となって露見します。自給的生活を実現させようと試みてはいますが、思いのほか作業がたくさんあり、その作業に追われながら余裕をなくし、いつもムッツリした表情で生きるのは本意ではありません。
 なので、最近は楽しみながら生活するということが重要だと感じるようになりました。それを実現させるために、「生活をデザインする」ということを心がけたいと思います。デザインとは、家具や大工仕事に用いる個々の部材の芸術的表現などにとどまらず、暮らしぶりそのものをとらえ、楽しめるものをつくり、必要な作業を進めることを意味しています。そして、作業の中にデザイン性を盛り込むことは、「とりあえず」でバタバタとやっつけ仕事をするのではなく、心に余裕を持って仕事をすることになります。

 こう書いていて思ったのですが、これはもてなしの心にも通じるようです。自身が生きることに手一杯の状態では、来訪者を十分にもてなす作業にまで意識が向きませんし、そのための作業もできません。
 例えば、玄関まわりに作業資材を雑然と積んだままにしておくのではなく、片づけて人を迎える仕掛けをつくることは、心配りの表れでもあります。そんな空間演出も暮らしのデザインの1つです。

 言うなれば、生活は「design & entertain」。

 自給的生活においてもデザインともてなしができない状態にあるならば、好ましくない状態と言えるのかもしれません。そんな時は、あらゆる作業を進めないという割り切り方も必要です。経験上、無理に進めると良くないような気がします。
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by senang | 2007-03-05 09:45 | 【2】自給について
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