「買えば済む」という生活はいつまで続くのか?
 昨夜、広島県と岡山県の県境にある山間部の地区で、地元の方と話をしていました。大雑把に言えば、これから田舎はどうなっていくのか、ワシらはどうすればいいのかという話題でした。その時に紹介されたエピソードにとても印象的なものがありました。
  ↓
 大阪行きの夜行バスに乗っていると、大阪在住とおぼしき乗客たちが交わす会話が耳に入ってきたそうです。彼らは、「米がなくなったら外国から買えば済む」「日本に農家はいらん」という趣旨の話をしていました。それを聞き、自分たちが一生懸命に農地を守り、農山村を守ってきた意味は何だったのだろうと残念な気持ちになったとのことです。

 この話を聞き、自給意識の低さを再認識しました。全部の日本人が同様に考えているわけではないと思いますが、このような意見はそれほど奇異なものではなく、一般的にかなりあり得る見解だと思います。
 この先、日本に災害は全くないとは言い切れません。地震や津波で港が使えなくなれば、外国の資源は届きません。中国の急成長の煽りで、これまでどおり海外から食糧が入ってこなくなることも考えられます。中東の情勢不安などによって、化石燃料もいつ輸入できなくなるかわかりません。そもそも化石燃料は、持続的な資源ではなく地球に与える影響も大きいため、早期にエネルギー転換が必要です。
 そんなことを想定した時、「海外から買えば済む」「農家はいらん」という発想は、ただでさえ存立基盤の脆い日本にとってかなり危険であるということは明白です。

 日本人は、一生のうちに1回くらいは、自分が食べるものを自分でつくる経験をすべきです。米や野菜の栽培でも良いですし、野山や海や川で食べられるものを採取して調理することでも構いません。そうすれば、自分がどうやって生きているのかを多少は実感できるのではないでしょうか。
 自給とは生きることの根底にある作業だと思います。最近の日本人は、生きることそのものから遠ざかった暮らし方をしていると思うことが多くなりました。生きることや生かされていることを蔑ろにする思考が蔓延し、痛ましい事件が頻発するのは、そんなところに根源があるのかもしれません。
[PR]
by senang | 2007-02-06 18:00 | 【2】自給について
<< 風呂用の薪 ホワイトチョコレート >>