自給生活にはマルチ性が求められる
 自給生活は、あらゆることを手がけなければなりません。

 家の修理やより良い暮らしのため、大工仕事は頻繁に行っています。時には大工仕事のための設計も必要です。ストーブや風呂釜を焚くためには、火をコントロールする術を身につけなければなりません。燃料を蓄えるために山へ分け入って間伐をし、割って乾燥させます。間伐1つを取っても、かなり高度な技術が必要になることがありますし、それ以上に、何十年もかかって育った木を一気に切って薪にするわけですから、感謝の気持ちを持ち続けることが大事です。さらに、春になって食べ物を自給をするようになれば、今以上に仕事は増えることでしょう。
 当然ながら、生活に費やす時間が多くなり、手間と時間が慢性的に足りていない状態です。大袈裟に言えば「生活に追われる」という状況なのかもしれませんが、カッコ良い表現をすると、「マルチタイプでなければ自給的生活はできない」ということになります。

 勿論、現代社会においては、食べ物やエネルギーを得ることは、お金で買うこと、すなわち外部化することで自分自身が全てに携わらなくても可能です。そうなると、食べ物をつくる人、燃料を運ぶ人、大工仕事をする人などが専門化されてきます。職業とは、このような分業制に基づいて、生活や社会活動に必要な技能が特化されることだと言えます。
 専門分化の究極型が都市化(都市文明化)ではないかと思います。分業制を効率よく進展させるために、建物、街並み、働き方、人間関係、さらには暮らし方がデザインされています。

 マルチタイプが求められる自給的生活は、都市・都市文明と対極に位置しているのかもしれません。そうなると、自ずと論理や掟のようなものにも差異が生じることとなります。

 マルチ性に基づく発想と、それを具現化する行動。自給の原点にはそんなことが重要なのかなと思ったりしました。
[PR]
by senang | 2007-01-18 18:04 | 【2】自給について
<< 暖かいところの方が自給しやすい... 少ない資源でいかに良く暮らすか... >>