自給ということは、周辺環境の資源を使って生きるという表現ができます。周辺環境の資源は無尽蔵にあるわけではありません。有限です。
有限である場合、どんなに資源を消費したり浪費したりしても、それが資源上限をはるかに下回っているのであれば問題ないでしょう。しかし、我々が生きていくために必要とする資源消費量が供給上限と同等かそれ以上だとすれば、抜本的に生き方を見直さなければ明るい未来はあり得ません。
資源のインプットが限られているのであれば、それをいかに有効に使うのかという視点も必要になります。例えば、現在の僕の生活になぞらえて言えば、「いかに薪の消費量を抑えて部屋を暖めるのか」ということになります。
今の家は、古の知恵が詰め込まれた昔風のつくりではありません。かと言って、現代の技術や流行を積極的に取り入れたものでもありません。正直、物件としては面白みのないものであると言わざるを得ません。
そんな家にやや大きめの薪ストーブを導入しました。設置してある1階は、襖と障子を取り払い、約30畳のワンフロアとなっていて暖房効率が悪いです。また、家が何となくねじれているので、隙間という隙間から風が入ってきて、窓を閉めているにもかかわらず部屋の中でカーテンが揺れています。おまけに、床は根太材の上にコンパネ1枚が敷いてあるだけのようで底冷えがします。皮肉なことに、ストーブの前に座ると、上半身は温まるのですが、お尻から足にかけていつまで経っても冷たいままです。
それで実験してみたのですが、どんなに薪ストーブをフル稼働させても、室温は15度以上になることはなく、部屋の中心部以外はいつも温度が低いままです。
またの機会にお話ししますが、我が家の薪の消費量は他家に比べるとかなり多いようです。消費量が多いからといってたくさんの薪を確保する以前に、これらの暖房効率の悪さを何とかすることの方が先です。
話が長くなりましたが、「自給→周辺環境の有限資源の利用→利用効率を高める」ということを念頭に置いた場合、暮らしぶりや家のつくりを見直すことが重要です。リフォームなど物理的な手入れも含めて、消費する資源の上限に合わせて「住まい方」を再構築する必要性を感じました。
例えば、薪を使って部屋を暖めたり料理をつくったりということを目的とした場合、次のような改善点が挙げられます。
■室内外の空気の流れを読み、これを利用する
(冷気を遮断すれば良いってもんじゃない)
■適切な居住スペースで過ごす
(広ければ良いってもんじゃない)
■人(家族)の居場所を集約する→生活時間にも再構築が必要
(プライベートを尊重して個別分散させれば良いってもんじゃない)
特に3番目の改善点は、家によっては会話が途切れがちな親子関係を修復する効果もあると思います。
これらによって、消費する薪の量がかなり減らせることでしょう。試行錯誤の作業をしながら、ひと冬に必要な薪18立方メートルという想定量をどこまで減らせるのか試してみます。
蛇足ながら、今月初めにもらってきた薪を使い果たすまでの期間は24日という試算でしたが、計算より3日早く底をついてしまいました。室内の改造を早くしなければ...!