挨拶のできない集落
 引っ越して地元の集落に仲間入りしました。全部で40戸弱の小さな集落です。他の家は主要道沿いに並んで立地しているのですが、我が家はそこから脇道へ入って500mくらい進んだところにポツンとあります。普段の近所づきあいという意味では、あまり実感がありません。
 この集落なるもの、一般的には地域活動の最小単位として理解されています。ただし、全国的な定義はありませんし、役割も千差万別。市街地では町内会や自治会と同等のものです。
 田舎の集落は、かつて(圃場整備と機械化が進む前)は農業を共同実施する単位でした。今でこそその必然性は失われつつありますが、農業以外でもお葬式や道の草刈り、祭りの準備などをみんなで実施しています。また、役場からの伝達事項や配り物があれば、集落単位で受けます。今の時代、集落がなければ生きていけないということはありませんが、それなりに地域の結束力を保っています。
 このあたりでは、在住者はみんな集落に入ることが暗黙の了解のようになっています。アパート形式のマンションや転勤族などは別として、定住するとなると集落に入っていなければおかしなヤツ扱いされてしまいます。よほどのことがない限り、 集落はそこに住んでいる限り属さなければならないもの・属してしまうものということになります。また、自分の住んでいる集落が嫌だからといって、違う集落に入ることができません。

 おおよそ50年くらい前までは、農作業や山仕事が生活の主要部分でした。つまり、土地に立脚した生き方であったというわけです。そのような生活スタイルにあっては、「地縁組織」である集落は生活や生業の根幹を成していたのだと思います。
 もっとも、今の時代は、職業が多様化し、通勤が遠隔化し、人々の価値観や興味関心も一様ではありません。そのため、生活に関するほとんどの部分を集落で何かをしようとすることに無理が生じてきました。良いか悪いかは別として、集落の役割や価値が薄れてきたと言えるでしょう。数百年続いてきた集落にも、時代に合わせた対応が必要なのかもしれません。

 話を戻しまして・・・

 引っ越し直後、顔見せをするということでしたので、家族揃って寄り合い会場である集会所に顔を出しました。少し早めに着いたので、みんなが揃うのを待ちます。到着した人には「こんばんは」と順々に挨拶をしました。顔見知りもあったので、しばし談笑することもありました。反面、初対面の人の中には、こちらが挨拶をしてもしげしげとこちらを見つめるだけで無言で通り過ぎる人もいます。
 集落の中は固い挨拶抜きの良い関係なのかもしれません。勝手知ったる関係で、それはそれで良いことなのでしょう。しかし、裏を返せば、集落は排他的な社会であると言え、外部や部外者に対する外交手段をあまり持っていないのかもしれません。

 挨拶は集落の体質ではなく、人と人とのコミュニケーションを取るうえで社会人として最低限の手段でしょう。今時の小学生の方がハキハキと元気に挨拶をします。それだけに、ここの集落には挨拶すらできない大人が大勢いるところなのか!?という第一印象を持ったところです。
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by senang | 2006-11-14 10:53 | 【2】コミュニティ
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