chapter2
 山の中の一軒家に引っ越しました。「chapter2」はここから始まります。

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 「chapter1」は、100年先まで生き残るために必要なことを考え、その頃の人間がつくっている社会を描くことを目的として、2006年5月にスタートさせました。そこから、現代の人間がこれからどのような方向に向かって進めばよいのかというイメージを多少なりとも示すことができればよいと考えていたところです。
 思いつきのようなことや経験談などを記事としてアップし、それに対してみなさまから温かいコメントをいただきました。半年を経て、おかげさまで一定の方向性を見出すことができました。それを大雑把にまとめると、次のような感じになります。

1.「成長型社会」の脱却と「安定型社会」「横ばい型社会」の指向
 現代社会は、成長することを前提としてシステムがつくられています。例えば人口。2005年から日本は人口減社会に突入したということですが、世界的には依然として増え続けています。これからもねずみ算的に人口が増えれば地球はパンクします。だいいち、地球全体で見れば、既に人間は多すぎるくらいだと思います。
 そこで、これからは右肩上がりの成長を追求しないという発想が必要になります。人口について言うならば、もっと減ってもよいのかもしれません。そして、いずれは安定したボリュームを維持し、増えも減りもしない社会を目指すことが、22世紀まで生き残るための最大条件であると考えます。そんな安定した状態をつくることを理想とし、成長(あるいは人口が増え続けること)を前提としない社会へと再構築することが必要です。

2.「安定型社会」の上限は「環境容量」に基づいて設定される
 成長の頭打ちは、どの時点で起こるのか?転じて、「安定型社会」の上限設定はどのように行われるべきなのか?これを考えて実践することが、持続的な社会をつくることにつながります。
 我々は地球上に生きています。地球は閉鎖型循環系です。密閉されたフィールドに対して太陽エネルギーの入力があり、生物の営みや自然現象はそれを元に活動しています。裏を返せば、我々の活動の最大上限は太陽エネルギーの入力量であり、その中で生きていかなければなりません。そして、その限界を越えないことが、22世紀とそれ以後へ命をつなぐための絶対条件です。
 太陽エネルギーによって発生する生物や自然現象を「資源」と見なした場合、それは「環境容量」と表現することができます。資源の具体例として、木や草の生長量、動物の発生数、風の流量、土や水の浄化機能などが挙げあられます。つまり、人間の活動は、この「環境容量」内で行われるべきであり、「環境容量」を逸脱した営みは閉鎖系循環系を破壊する(環境を破壊する)ことにつながります。

3.「閉鎖型循環系」を維持するために早急なエネルギー転換が必要
 現代は、使い切ってしまえばなくなる化石燃料が資源の主体です。言うなれば、我々は「石油文明」のまっただ中にいるということもできます。化石燃料も太古の動植物からできている資源ですから、元をただせば太陽エネルギーです。何万年や何億年もの月日をかけて地下に蓄積されてきました。
 しかし、100年という短時間の間に大量の化石燃料を使い続けてきたことによって、環境に大して急激な変化を与え、閉鎖型循環系のバランスを崩し(温暖化など)、さらには資源枯渇という問題にも直面しつつあります。それは到底持続的な生き方とは言えませんし、下手をすると22世紀まで生き残ることができないかもしれません。当面は、世界規模で人口を抑制することに加え、早急にエネルギー転換を行わなければ大変なことになるでしょう。
 そこで、資源の転換を考える必要があります。太陽エネルギーに基づいて再生産される資源に着目したいと思います。具体的には、太陽エネルギーそのものであり、また、植物を主体としたバイオマスエネルギー、気圧や熱量の差分によって発生する海の波や風力ということになります。
 「環境容量」に基づく生き方とは、資源を適正に配分し、また、適正に利用することであります。その営みは、環境の循環を守り、持続させていくものでなければなりません。化石燃料の大量消費に裏打ちされるスピードや瞬発力ではなく、もっとゆっくりゆったりとしたエネルギーです。

4.「消費型社会」から「創造型社会」への転換=自給することの重要性
 化石燃料に頼らないゆったりゆっくりとした営みは、ある程度の不便をもたらすでしょう。諸外国から物資の大量輸送も難しくなりますし、人間の移動能力(移動速度)も極端に制限されます。その実感を得るには、石油のない暮らしを想像してみてください。
 そうなると、今生きている場所にある資源をいかに有効利用するかということが最重要課題であり、手近な資源の利用と再生産について全力をあげて考える必要があります。すなわち、資源の自給が重要なテーマであるということになります。
 さて、今の日本は食糧の60%、エネルギーの96%を輸入に頼っています。資源はほとんど自給していません。見事な消費型社会です。一方で、国土の7割は森林であり、農地もそこそこあります。消費している資源を自給していない反面、太陽エネルギーに基づいた立派な資源が豊富にあるわけです。
 現代日本の最大の課題は、資源の自給率を上げることであると言えるでしょう。勿論、資源問題にとどまらず諸々の問題を抱えていますが、それらは極端な消費型社会化が進んだことによって二次的に発生したものも少なくありません。自給を進めることにより、環境との対話も促進され、現代的病理が解消される可能性もあるのかもしれません。
 これからは、食糧の生産、エネルギーの生産、そして、幸せの生産。資源を生み出す「創造型社会」を目指すべきであると考えます。
 なお、「創造型社会」の実現は、できるか・できないかではなく、やるか・やらないかだと思います。成熟した「創造型社会」は一朝一夕には難しいかもしれませんが、そのための基盤づくりはすぐにでも始めるべきです。個人的には、100年かけてやっている状況ではないと思っています。これからの100年を生き抜くためには、今後の20年がかなり重要であると考えているところです。

・・・と、ここまでが「chapter1」のまとめです。

 自給するといういことは、どういうことなのか?たちまちは、日々の食糧やエネルギーをどう確保するかということに直結してきます。普段、あまりこのようなことは考えないかもしれませんし、実感する機会も少ないと思います。全国規模の食糧やエネルギー自給率を数字で表現してもピンとこないかもしれません。
 いざ自給しようとしても、僕はその手法を一から十まで知っているわけではありません。ならば実践してみようと考えました。そこから、「環境容量」を壊さないような自給的生き方とはいかにあるべきかということを考えてみたいと思います。

 そんなこんなで、山の中の一軒家へ引っ越したというわけです。「chapter2」では、自給を念頭に置いた暮らしぶりや、環境との対話の中で感じたことなどを紹介していきたいと考えています。
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by senang | 2006-11-09 19:29 | 【2】自給について
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