便利時代 その3
 何となく書いていたらシリーズ化してしまった「便利時代」。言うなれば、現代の社会に対するアンチテーゼとともに、古くて新しい暮らしを見つめ直そうということになるのかもしれません。そんなことをコンパクトにまとめた記述に出会いました。
 以下、「鳥取農政懇話会」というところが2003年4月に発行した「いまこそ農を語るとき」という冊子より引用します。タイトルどおり農業とその周辺について語られており、エッセイとしての色彩がかなり濃い文献です。客観的な分析は少ないものの、そこに込められたメッセージは十分に伝わると思います。



「いまこそ農を語るとき」(2003年4月;鳥取農政懇話会)
254~257ページ「中山間地域と集落」より抜粋

便利さを求めて
 さて、近代文明とは何かと言えば、その一面は「便利を尊し」とする価値観であろう。便利でないものは全て遅れていて悪いことであるとして、われわれは洋の東西を問わず、便利を求めてきたし、今なおその途中にある。
 多くの人々が便利を求めて村から都市に出た。村に残った人々のために行政は過疎対策や辺地対策を行い、道路を改修し、集会所を作り、あらゆる「不便対策」が講じられて来た。その潮流の中でわれわれは所得を求め、暮らしを形作ってきた。
 そして、確かに、山里も以前に比べれば格段に便利になった。山中に食料を求める必要はなく、スーパーマーケットとコンビニに行けばよい。わが家の山がどこにあるかを知った人がいなくなった。
 家族がいなくても、独りで暮らせるようにもなった。従って、若者は結婚しなくなった。まして集落の機能も格段に弱くなりつつある。すべては便利のおかげで都市も山里も同じ暮らしになった。

便利の代償
 しかし、それでよいのかという疑問が誰の心にもあるのが現代である。
 われわれが母の胎内に宿っていた証明として、腹の真ん中にヘソをくっつけているように、海や河に釣りに行く人、冬の山に猟に行く人、高い山に登る人、山芋取りに行かずにおれない人々が無数にいる。サッカーは、昔の猟のなごりらしいが、世界中の若者がサッカーに熱狂するではないか。
 更にまた、この頃では歩く人が異常に多くなってきた。夕方になると、ゾロゾロと皆が歩き出す。田畑に行かぬ嫁、山に行ったことのない会社勤めの後継ぎが早々と夕食を済ませて歩き出す。都市も山里も同じである。つまりのところ、生活の一部に不便を取り入れなければ体も心も健康が保たれないことに皆が気付き始めたものと思われる。さて、便利さにはコストが必要である。テレビ、自動車、携帯電話等の一人当たりの維持コストは、都市より農村の方が高い。つまり、比較劣位をコストで補って同じレベルの便利を求めているのだから。
 一方、一人当たりの収入は農村の方が少ない。かつてはコストが不要であれほど豊かであった農村が、今、便利の代償としてのコストの支払い能力の不足にあえいでいる。
 そして、あえぎながら山里の人々は山に行かずに村の道路で散歩をしている。滑稽というべきであろう。

価値観の転換
 世の中には、とにかく元気な人がいる。その一方で、とにかく元気のない人がいる。どうも金があるとか無いとかは関係の無いことのようであると、この頃思うようになってきた。
 小さくても輝いていればいい。急がなくてもゆっくりでいい。要は自分らしくあればいい。そして、少しでも人の役に立てばいい。そういう若者がどんどん増えている。
 ファーストフードからスローフードへと食の価値観も変化しつつある。便利さと不便さをどのように組み合わせるのか、自分流の試行錯誤に皆が取り組み始めたといっていい。
 要は、何が本当に幸せなのかというテーマに関して、二十世紀までの価値観が徐々にではあるが潮の流れのように巨大な力で変化しつつある。文明の次の展開がそこにある。
 さて、であるとすれば、山里、中山間地域はこれからの時代において、未来のわれわれにとってどのような意味を持つのであろうか。
 住民は何を行い、行政は何を支援すべきなのであろうか。少なくとも、住民が何もせずに全てを行政に期待するという姿勢、逆にいえば、行政が全てをしてあげますという姿勢は行き詰まりになっている。
 幸せの黄色いハンカチを高々と掲げる妻たちが、鳥取県の山里に数多く出て来て欲しいものである。行政は、教育、福祉、産業、環境等のあらゆる分野で、それを支援すべきではなかろうか。
 いずれにしても、山の草々は強い。何があっても強い。われわれは今一度山の草々に学び、山の草々のごとくに生きたいものだ。
 子供と一緒に家族で山に入ることから始めてみようではないか、子供たちの未来のために。
(上場重俊)
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by senang | 2006-10-27 10:06 | 【1】持続的な生き方
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