人類の精神性は高まっているのか?
 人間のバカさ加減には、開いた口が塞がらないようなことが多々あります。

 国際社会では、現在進行形で展開されている戦争やテロ、中国をはじめとする環境破壊、国家ぐるみの人さらいや麻薬密売などがその代表格でしょう。また、政治システムや外交には不完全さや都合の良さなどが目立ち、他者(他国)に配慮のできる大人がやっていることとは思えない局面も多々見られます。
 国内でも信じがたい事件が頻発しています。深くは語りませんが、社会関係のみならず、親子の関係にさえ異常をきたす事態となっています。

 このような事件は、当然ながら人為的なものです。社会の暗部と位置づけられるかもしれませんが、社会の責任ではなく、最終的には人の心がもたらすものです。
 世界の、そして国内のこのような実態を目の当たりにしても、人類は精神面で進歩しつつあると言えるのでしょうか?事件性の高いニュースが目につきやすいマスコミの誘導的情報発信の中、素晴らしいニュースが見えにくくなっているのかもしれません。そして、見えにくいが故に、精神面での進歩も静かに進んでいると信じたい気持ちでいっぱいです。

 その昔、「人間なんて」と歌った人がいるように、所詮は人間なんて程度の低い存在なのかも知れません。ただし、感情的に「人間はダメだ」と言うつもりはありません。人間の評価や位置づけについて、実のところ主観なのか客観なのかということを考えることが重要であると感じます。

 過去、人類の歴史の中で凄惨な時期や事件は数多くありました。もっとも、現在も決して完璧な社会であるとは言い難いのですが、昔にくらべていくらかは改善されたのかもしれません。日本の場合、貧困が減り、隣近所と敵対することもなくなり、差別意識も減り、犯罪国家に支援するくらいお人好しになりました。主観的に見ると、そのように評価することができます。
 しかし、「昔に比べて良くなった」という近視眼的な評価をすることが良いのかどうか、今の状況に慢心せずに今一度考えてみる必要があります。先述したように様々な事件が起き、その質的様相は現代の特徴とも言うべき特殊で最悪なものです。客観的に見ると、精神性は依然として高まっていないか、かつてより悪くなっているとさえ感じます。

 つまり、「人間はここまで来たんだ、サルから進化した者としては立派なものだ」と考えるのか?または、「人間の所業は地球の存続にまで重大な影響をもたらしており、文明を持つ種族のすることとは到底思えない」と考えるのか?簡単に言えば、上を見るのか下を見るのかということになるのでしょう。

 個人的な見解ですが、人間の精神レベルは未だ低いままです。そして、これを脱しきるには、かなり努力が必要である一方、残された時間は少ないと考えています。
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by senang | 2006-08-14 12:26 | 【1】持続的な生き方
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