脳は身体と精神をつなぐ装置
 以下、仮説の域を出ませんが、さっき寝つけずにゴロゴロしていた時に湧き上がってきた考え方をダイレクトに書かせていただきます。

 身体面における脳の働きとして、各組織からの情報を神経を経由して収集し、肉体の維持・生存のための命令を送っていることが挙げられます。脳は元々、生存のための情報処理を担う器官として発達したのだと考えられます。そのような自律機能の中枢である脳が頭にあるのは、たまたま身体内での物理的な合理性に由来するからなのかもしれません。
 ところが人間の場合は、情報の処理能力が(どういうわけか)向上したため、情報の収集・分類(選択)・変換などについて「独自の脚色」を行うことができるようになりました。この「独自の脚色」は、時代や文化によって様々に変化しますが、身体性に基づく論理や欲求に大きな影響を受けていると考えられます。なぜなら、脳は身体の器官の1つとして存在し、初期段階では肉体を維持するための情報処理に特化した役割を担っていたと考えられるからです。

 脳は、このような遺伝子や細胞に由来する身体性に合わせて、霊的な世界(非物質世界)に通じる精神性にも何らかの関わりがあると見ています。人間の脳は、情報の処理能力が(どういうわけか)向上したため、非物質世界(精神世界)と物質世界の変換を可能にしたのかもしれません。非物質世界を物質世界へ変換することが「考える」ということであり、この2つの性質の結節概念が「自我」と言われているものなのかもしれません。
 このことを突き詰めて考えると、自我は身体性と精神性の2つから成っているということになります。そして、脳は主体的に思考する器官ではなく、これら2つの性質の結節装置であるという表現がより正確なのでしょう。

 脳は結節装置(ハード)である。自我は結節概念(ソフト)である。このことを意識しつつ、「考える」ということの意味を自覚すると、何が重要なのかが少し見えてきたように感じます。
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by senang | 2006-08-11 02:36 | 【1】地球のリズム
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