運と運命 「求めよ、されば与えられん」
 「求めよ、されば与えられん」という言葉があるように、何もせずに「何か良いことないかなぁ」と待っていても、良いことの方から転がり込んで来てくれた経験はほとんどありません。

 それでも、偶然の産物である「良いこと」を待ち続けますか...?

 よく、運が良いとか、運命だとかいうことを耳にします。偶然のことのように感じられることも多いですが、実はかなり必然性が高いのではないかと考えるようになりました。
 例えば、無目的に日常を過ごしている場合と、何かの目標や知りたいこと・得たいことがあって日常を過ごしている場合では、自分の中に蓄積される情報量が圧倒的に異なります。後者は、しっかりとアンテナを張り、そこで外部情報をキャッチできるわけです。さらに、目標設定があれば、得た情報を的確に活用することにもつながります。チャンスはそのようなことから生まれます。
 それで、探すことと見つかること(見つけること)は同義ではないかと考えいるところです。付け加えるならば、「運が良い」というのは偶然がもたらすものではなく、巷に転がっているチャンスを自分のものにできるかどうかという資質に左右されるものなのかもしれません。逆に、無目的であればせっかくのチャンスがあっても気づかずに通り過ぎてしまうことでしょう。理想は高いのに、意識が低いためにそのような結果になっている人をよく見かけます。もっとも、本人は気づく由もないのですが・・・。

 関連して述べますと、今の社会には情報が怒濤のごとく溢れています。しかも、その大半はマスコミを中心とした低質・低俗なもので、どうでもいいことだったりします。これらの情報に翻弄されることなく仕分け、必要なものを参照するためには、自己の中に目的意識を持ち、目標設定をすることが重要なのではないかと感じました。

 「求めよ、されば与えられん」ということで、今のこの時代にあなたは何を求めますか?
[PR]
by senang | 2006-08-06 23:12 | 【1】地球のリズム
<< 10億円で国をつくる男 「土地... 祝! 人口減社会 2 -「横ば... >>