曲がっても、空っぽになっても
 生きることのエネルギーは、遺伝子が持つ「自己と種を保存する」という欲望に基づいているのかもしれません。遺伝子に逆らい、生きることを自ら放棄する生物がいるのでしょうか。全体が残るために個体が犠牲になることもありますが、全体にとって何の役にも立たないのに個体を滅したがる生物はいるのでしょうか。

 1種類だけ知っています。

 生物は自然をフィールドとして生存しています。ところが、人間は自然から切り離され、社会というものに根本を置いて生存するようになりました。しかも、自然とのリンクを絶った生活が顕著になったのは現代に入ってからであり、人類の歴史から見ると本当にわずかな期間のことです。短期間で生き方を急激に変えてしまったというわけです。これだけでも歪みが出て然りです。
 人間の社会は、自然ではありません。つまり、不自然なものです。そんな社会に埋没し、生きるための論理を失っているということが行き詰まりの原因ではないかと思います。ならば、社会から離れた視野を持ったり、一旦は社会を否定したりすべきだと思います。そこまでジャンプできなければ、せめて社会の外=自然に触れてリズムを取り戻してみませんか?

生きようとする自然のリズム・遺伝子の論理をご堪能ください。
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 一度根を生やしたら、そこから動くことはできません。
 風雪に耐え、折れても曲がっても伸びていこうとしています。

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 こうやって伸びていった先には、何があるのか...?
 こうやって伸びるまでには、どれくらいの月日を要したのか...?

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 穴だらけになって中身がなくなっても、それでも立っています。
 それでも生きています。
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by senang | 2006-05-26 21:58 | 【1】地球のリズム
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