縄文気質
 島根県は出雲部(東部)と石見部(西部)で気質が大きく違います。出雲部はネチネチしていますが、石見部はカラリとした性格の人が多いです。物事の考え方が違えば、暮らし、産業、農業のやり方なども違ってきます。出雲部には最近流行の産直市が多く出現しましたが、石見部では定着しません。平地がそこそこあって稲作が発達している出雲部に比べ、石見部の主業は山林労務(薪炭生産)でした。さらに、出雲部では焼畑農耕の歴史はほとんどないのに対して、石見部では昭和期まで実施していたという証言を得られたりします。ちなみに、焼畑卓越地帯としては、他に高知県を中心とする四国、宮崎県などの九州東部も挙げられます。
 ここまでくると、様々な差異は気質の差だけで片づくものではないような気がしています。これはもう、文化の違いと言うべきでしょう。では、その異なる文化の間には何があるのか...?

 個人的には、縄文由来の文化と弥生由来の文化の差ではないかと考えています。島根県を例に取って大雑把に見ると、焼畑卓越地帯であった石見部は縄文文化であり、稲作が発達している出雲部は弥生文化なのかもしれません。
 稲作が普及してから数千年~数百年が経ちます。それでも一部の人々は、田を拓くには条件の悪い立地条件、すなわち山間部に住み続けています。なぜなのか?それは、山間部の生活様式(=焼畑文化)の中で暮らしてきた人々(種族?)だったからではないかと想像しています。この発想を広げていくと、焼畑卓越地帯で縄文の名残を見つけることができるかもしれません。

 縄文文化は、時代の流れとともに、その時々に応じた変化を遂げながら現在に至っているのかもしれません。弥生人との混血も進んだことでしょう。今となっては、人々は同じ顔をし、同じものを食べ、同じ教育を受けています。そうであっても、気質や風習として縄文の血を受け継いでいることがあるのかもしれません。気質や風習というものは、良くも悪くも根深いですからね...。
 そう考えると、石見人と土佐人の気質には、どことなく似ているところがあるような気がします。思わず、「あぁ、あれが縄文気質なのか!」(勿論、現代版の縄文気質として)と納得してしまいました。
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by senang | 2006-03-19 16:50 | 【0】センシブルワールド
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