蘇開
 東京へ行ってきました。夜8時の電車では前後左右に人が密着しています。隣の人の鼻息がかかります。ヘッドバンギングしようものなら前の人の後頭部に頭突きをお見舞いできます。駅で電車のドアが開いた途端、ざざざーっと人の波に流されていきます。現在地を確認する間もなく、流れるままたどり着いたのは目的地のはるか彼方。夜ご飯は、冷たいエビ天が乗った立ち食いそば。見ず知らずの人と肩を寄せ合って、立ったままご飯を食べるなんて経験は初めてでした。そして、隣のオヤジが落とした爪楊枝が僕の足を伝って落ちていったので、そばを口にほおばったまま「う゛っ」と言ってしまいました。そんな自分の声に、何やらもの悲しくなりました。
 ・・・と、田舎では絶対に経験できない貴重な体験をしてみたところです。この数え切れないほどの人達は毎日こんな生活を送っているのかぁと思うと、恐ろしくさえなります。何か大きなものに飼われている家畜じゃないか・・・とも思いました。

 その「大きなもの」とは、20世紀的価値観だと思います。分業化を追求し、利便性を追求し、金銭的・物質的豊かさを求める価値観。その挙げ句が、毎朝毎晩満員電車で運ばれる人生なわけです。そんな現実を「おかしい」と思うのか、「しょうがない」と思うのか、「当たり前だ」と思うのかは、人それぞれでしょう。そして、「おかしい」と思って行動に移そうと思ったなら、「現代版疎開」を考えてみるのも一興かもしれません。

 ただしその時には、価値観の転換が必須になります。単に場所を都会から田舎に移すだけではなく、精神的進化とも言うべき内面の変化が必須条件になるでしょう。つまり、今の価値観から脱却し、新しい発想や行動の礎となる価値観です。「疎開」ではなく「蘇開」とでも表現すべき着眼点が必要だと思います。
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by senang | 2006-03-15 13:46 | 【0】センシブルワールド
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