「もやし隊」隊長発見!
e0052074_1932311.jpg

 今日は朝から「人間圏」のエンドゾーンへ行っておりました。里山領域が無力化し、奥山との境目が曖昧になってきています。高齢化率が60%を超え、集落によっては100%というところもあり、住んでいる人達の未来も決して明るくはありません。
 この町は、かつて林業で栄えたところです。当時の栄華を称え、「緑の工場1500ha達成記念塔」なるものがありました(写真)。役場横の会館の裏手に、巨大なコンクリート製の建物がありました。昭和46年(1971年)の建造です。
 「『緑の工場』の記念碑がコンクリート製!?えぇ~っ・・・」と思いましたが、当時としてはまさに造林事業の勢いを誇示する象徴的なものだったのでしょう。林業バブル(=補助金バブル)華やかなりし頃、高度経済成長期のまっただ中につくられた、コンクリート神話の遺物です。

 それはさておき・・・

 さて、「人間圏」としてはターミナルケアを施すべき集落もあり、消滅までのカウントダウンが始まっています。今日は、そのような集落にお住まいのおじいちゃん達が講演の聴衆でした。
 あまり遠大で長時間の話をしても理解していただけないと思い、僕の話はそこそこに切り上げました。その後、お昼ご飯のお弁当を食べながら意見交換をするという場面を設定していただきました。飲み食いしながらの方が、思ったことを言いやすい雰囲気になりますからね。

 僕が「みんなが若い頃、焼畑やってたんじゃないですか?」と切りだした途端、おじいちゃん達の目の色が変わりました。会場の空気も変わりました。おやっと思い、焼畑経験者に手を挙げていただくと、ほとんど全員。
 それからというもの、焼畑談議に湧いたのです。「1年目はソバを播いた」、「それからダイコンをつくってマメをつくったなぁ」、「3年したら放置して山に返すんよ」、「おぅ、ワシは1回でアズキを2俵もつくったぞ!(誇らしげ)」、「最近は消防がうるそぅて山は焼けんじゃろ」・・・。凄いです。もう忘れ去られつつあると思っていた焼畑の技法や光景が、次から次へと出てくる出てくる!
 話はさらに広がっていき、50年前は全て自給自足の生活だったこと、造幣局と契約してミツマタを収穫していたことなどの話に花が咲きました。その中で、収入が大事と言いながらも「山の価値を見直すきっかけを本当に探している」というご意見がありました。まさに、これから実践しようとしている里山復興の基本理念です。

 焼畑という言葉1つで、老いて先の短いおじいちゃん達(失礼!)が貴重な資源に変わったのです。彼らは、当時の様子を懐かしむだけではなく、技術も持っています。「もやし隊」の隊長クラスです。「この地域でなら焼ける!」という手応えをつかみました。

 どうやら僕は、これまで話をする対象とアプローチ方法を見誤っていたようです。
[PR]
by senang | 2006-02-15 20:07 | 【0】センシブルワールド
<< 眠男 第18話 人間性の劣化 -自滅への道- >>