「死ね!」
 先日、「農村の将来を考えるシンポジウム」なるものに出席しました。熊本大学の徳野貞雄教授がメインアクトのこのイベント、ここしばらくではかなりインパクトのあるものでした。徳野氏には7年前と5年前にもお会いしていますが、芸風に一段と磨きがかかっていました。
 ステージ上の徳野氏を一言で表すと、カンニング竹山です。そのまんまです。九州弁混じりでエキサイトし、怒り、否定し、風貌も酷似しています。
 芸風が芸風なだけに、到底「素敵」とは言えませんが、お話しになる内容は十分に知的で真実をえぐっていますので、このカテゴリに入れさせていただきました。

 さて、その徳野氏。ご自身は農村を歩き、そこに住むヒトのことを考えるプロだと自称し、痛烈な農政批判を展開いたします。農家にも消費者にも牙をむきます。例えば、農作物の価値がわかるかわからないか、それに見合った対価を払うか払わないかという2軸で消費者を分類した話をしている時のこと。「価値もわからん、金も払わんようなヤツは死ね!こんなヤツらは相手にせんでいい!」と言い放ち、「死・ね」とホワイトボードに書き殴ります。また、「安全安心な食べ物を求めていると言いながら、スーパーの輸入農産物の前に並んでいるババァ、こいつら分裂症だ!」という診断もいたします。
 200人以上の聴衆を前に、「取り扱い注意」の張り紙をしたくなるような講演でしたが、農村のおっちゃん達にはとても良いショック療法になったことと思います。

 右肩上がりの成長に大して、地球規模の方向転換が迫られていること、先進国の中でも日本の存立基盤はとてつもなく脆いことを背景に、最近の僕は、里山の復興によって現状を克服することが可能だということを吹いて回っています。里山には、食糧も、水も、エネルギー(バイオマス発電など)もあります。これらを持続的に利用することによって、危機的な地球の中で生き残る余地が生まれます。
 里山の復興は、まさに先日のシンポジウムが対象とした農村が舞台です。農村では過疎・高齢化が問題視されて久しく、今も30年前と同じことを言い続けているわけです。しかし、過疎化が問題ではなく、むしろ歓迎すべき兆候であると同時に、今後は少ない人口でいかに良い暮らしを構築するかという発想の切り替えが必要です。
 以前の記事にも書きましたが、そんなことをさらりと話しても行政や農家の手応えは薄く、手法を変える必要があるのかなぁと思っていたところです。新たな芽を摘み、愚痴しか言わず、何事も本気で考えようとしない人に対しては、「死ね!」くらい言っちゃっていいのかもしれませんね。もっとも、僕が言うと袋だたきに遭いそうですが...。
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by senang | 2006-02-11 22:25 | 【0】センシブルワールド
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