新・進化論 3 宇宙人は風?
 ある日の親子の会話です。
  「父ちゃん、UFOってあるの?宇宙人っているの?」
  「おまえはどう思う?」
  「見たことないからわからん。」
  「じゃ、もし見てしまったら?」
  「そしたら、いるってことになるのかな。」

 この話の流れでいくと、息子がイメージしている宇宙人とは見える存在であり、UFOに乗って移動する存在であるという前提になります。

 進化論の考え方に「適応放散」というものがあります。同じ空を飛ぶ生き物でも、鳥は翼に羽を生やしていますが、コウモリは骨の間に膜を張っています。つまり、同じ性質(この場合は飛ぶという性質)を持つ種であっても、由来が違えば形もしくみも違うということです。

 この際、人間が「知的」か「恥的」かはともかくとして・・・

 他の星や空間に人間と同じような知性を持つ生物がいたとしても、そこは地球とまったく同じ環境であるとは限りません。いえ、まったく同じということはあり得ないでしょう。とすると、それは人間と同じ形や似た形ではない可能性も高いわけです。だいいち、地球上に存在する空を飛ぶ生物の間にさえ羽と膜という大きな違いがあるのに、星や空間が違えば形状的差異は甚だしいと考えた方が妥当です。人間に似た知的生命体であったとしても、他所の生命体は有機物でできておらず、脳みそで思考するものではない・・・のかもしれません。そもそも、人間が重きを置いている知性(恥性)すら、地球の理屈に従ったローカルプロダクツなのかもしれませんね。

 そんな理屈を7歳児にでもわかるように話していたら、息子にとっての宇宙人は「毎年やってくる春のようなものかもしれない」、「名前だけあって見えないもの、いないものなのかもしれない」、ということになったようです。少なくとも、ヨーダやETのようなものではなく、ましてやUFOに乗って人さらいをするグレイのような宇宙人像ではなくなりました。
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by senang | 2006-01-27 01:14 | 【0】センシブルワールド
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