ティピと所有意識
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 今日、ティピを建てました。アメリカ先住民の住居で、設置・解体が簡単にできます。立ててみると、平原を移動して暮らすスタイルの民族が考案した知恵がたくさん詰まっていました。平原ではなく雪原に建てたという大きな違いはあるにせよ・・・。

 それで、建てた人達と、このような簡易住居についての話になりました。遊牧や狩猟によって生計を立てる定住しない民族にとって、土地に根ざしたつくりつけの住居は使い物になりません。どうしても移動可能なものが必要ですし、動かすために傷んでしまうこともしばしばあるでしょう。なので、金ピカの細工で満たされていたり、ぶつけて困るようなつくりにはなっていません。況や、そんな価値観もないのかもしれません。価値観といえば、日本の車に対する価値観はこれに対照的ですね。壁面にこすって数cmのキズができたくらいで大騒ぎするわけですから。
 転じて、日本にこのような移動式住居があったのかなかったのかという話になりました。知る限り、ティピやパオのようなものは、歴史上で存在したということを知りません。マタギは動物を追って何日も山で暮らしますが、1カ所に留まっているわけではないため、野宿に近い簡易な雨よけをつくっていたようです。炭焼きは、窯の横にほったて小屋のようなものをつくり、家から「出張」していました。何より、マタギにしても炭焼きにしても、主として暮らす家がちゃんとあったわけです。
 結論として、日本人は移動しながら暮らすという習慣がないのではないか、だから、ティピやパオのような住居とそれに伴う文化がないのではないかということになりました。大昔はどうだったのかわかりませんが、とりあえず今日の結論はそんなところです。

 ところで、この移動式住居については、民族的習慣を超えた別の意義があると思います。移動式住居で暮らす民族は、定住しない、特定の土地を占有しません。家に対しても虚飾的ではありません。つまり、所有や執着という概念が、農耕民族(定住しなければならない民族)と異なっていると思うのです。
 もしかしたら、移動する民族の所有観や世界観を知ることは、「レンタルの思想」につながるものがあるのかもしれません。そしてそこには、地球のリズムと暮らすヒントがあるのかもしれません。
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by senang | 2006-01-21 20:20 | 【0】センシブルワールド
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