現場がないという不安
 昨年末から里山についてあれこれと調べているところです。その内容は、そもそも里山とは何かということに始まり、かつて(古代から江戸時代くらいまで)の人と里山の関わり、さらに近代~現代の関わり、そして、今後将来にわたって持続的な暮らしを構築するにはどうすればよいか、などです。図書室にこもったり、ネットで調べたり、議論させていただく中で自分の気づきを見つけたり、という生活を送っています。

 里山については、まだまだ十分にわかったとは到底言えません。でも、知れば知るほど不安になってくるんです。同時に、自分の中で何かがカラカラと空回りしてるんです。
 この感覚、何なんだろうと思ってたのですが、さっきふと気づきました。要するに、現場がないんです。知識は入ってきますが、実践がないわけです。つまり、自分の中で頭でっかちな理論として組みあがっていくものの、検証ができないわけですから、「これでいいのか?」という不安が生まれるのです。また、あれもこれもやってみたいという欲求が湧いてくるものの、それを展開できないということが空回りにつながっているようです。
 これはもう、性格だからしょうがないのかもしれません・・・。

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 最も、今は里山といえども深い雪に覆われていて、踏み入れたり火をつけたりはできないんですけどね・・・。でも、現場がないということ、動けないということは、やっぱり精神的によくないです。せめて、今できることや(それが調べたり考えたりすることかもしれませんが)、雪がとけた時のための下準備を進めるとしましょう。
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by senang | 2006-01-09 01:20 | 【0】センシブルワールド
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