散策
 昨日、息子と初老の女性と散策をしました。牛舎に寄って牛を見て、視界が開けた牧草地の脇を通り、山道を抜けるルートで、ゆっくり歩いて1時間くらいの手頃なコースです。
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 山道に入った途端、起伏に富んだ地形と晩秋の木々に視界が遮られました。目に映る色、風の音、鳥の種類(鳴き声)も一気に変わります。
 僕が最も大きな変化を感じたのは、匂いと湿度でした。匂いは、ちょっと腐敗した感じのもので、春先のそれとはかなり異なっています。それはきっと、落ち葉が堆積して土に帰っていく匂いだったのでしょう。湿度は、雨上がりのような湿り具合がずっと続いていました。実際、落ち葉や、木についている葉や、地面が濡れていました。
 匂いや湿度は、木々とその代謝の過程で出るものだと思います。そのようなものを特に敏感に感じることができたのは、最近フィトンチッドや森林浴に興味を持っていたからかもしれません。それで、匂いに身を任せていたら、山を歩くと身も心も軽やかになる・・・という言われている感覚を、かなり明確に体感することができました。

 息子は走り回り、何か叫んだりかけ声を発しながら、棒きれを剣にして小道沿いに立っている枯れた草を切りまくっています。そんな光景を見ながら、一緒に歩いていた女性が言いました。「昔は歩くなんてまっぴらだったけれど、最近は歩くのが大好きになったんです。だって、気持ちいいでしょう!」と。それで、よく家の回りを歩こうとするらしいのです。でも、「ただブラブラ歩いていると、『あの人は病気なんだ』って噂されるんですよねー。」とのこと。なぜなら、最近はどこかに病気を持っていたりする人がにわかにウォーキングを始めたため、“歩く人=病人”という先入観が定着しつつあるということです。
 「病気じゃなくても、歩いてもいいじゃない?」と彼女は続けます。そして、「何も大袈裟な設備なんかはいらないから、ちょっと歩ける道だけつけてくれればいいのにね。そうすれば、少ないお金で医療費を下げることもできるんじゃないですか?」とおっしゃいました。

 子供はチャンバラ、年配の方はウォーキング、人によっては、食べ物を探したり、虫を探したり、鳥を探したり。それぞれのニーズに沿った山との関わり方があります。わざわざ健康維持ということを意識しなくても、山で遊んだり楽しんだり食べたりすることを通して、自然に健康になっていくことができると思います。
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by senang | 2005-11-28 10:35 | 【0】センシブルワールド
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