多様性と普遍性
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 色々な人種がいて、その分だけ言語や文字があります。宗教が違えば、風習やしきたりも違います。同じ人間なのに、なぜこんなに違いや多様性があるのかなぁと不思議になることもしばしば。
 多様性は、環境へ適応していった結果ではないかと思います。微妙な差異に対して忠実に対応していったために、今の状態があるわけです。
 環境とは、自然環境だけを指しているわけではありません。文明の出発点には、手つかずの自然環境があったのかもしれませんが、今となっては地球上に手つかずの自然を求める方が難しいと言えるでしょう。
 人間は原初の環境に適応し、それに働きかけます。働きかけ続けることによって、環境が変化します。そしてまた、少しアレンジされた環境に適応して働きかけていく・・・というように、これからも人間と環境がともに変化や分化をしていくのかもしれません。

 人類の起源がアフリカにあるということは遺伝学的にも立証されています。この説に基づけば、アフリカを出発した人類が、ヨーロッパの環境、アジアの環境、北や南のアメリカの環境、そして日本の環境に適応し、多様化していったということになります。そう考えると、人類は何ともしぶとい生き物だということを改めて実感します。

 また一方で、このように考えることもあります。
 人類の起源が同一であるとすれば、地球上の環境に適応して多様化・分化していっても、人類共通のもの、普遍的なものは持ち続けているのではないか?生物として生きていくための基本機能はその1つです。これに加えて、人類の歴史の中で、地球の普遍的な要素を環境から学び取ってはいないのか?そう考えるのは、微細な環境の違いも、元々は地球のリズムにのっとって存在していると思うからです。

 多様性の裏側にある普遍性。宗教や文化は違っても、同じ地球に生きる人間として、そんな普遍的なものを多くの人たちとわかちあえることができればいいですね。
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by senang | 2005-11-26 16:05 | 【0】センシブルワールド
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