燃やす
 人間の文明が劇的な転換を遂げたポイントが3つあると思います。1つ目は、火を手にした時。2つ目は、農耕を始めた時。3つ目は、化石燃料を使い始めた時。

 そのうち火について考えてみたいと思います。つまり、燃やすこと。その功罪とは何でしょう?まずは素朴な疑問。昨今は焼き畑が悪い、アボリジニの山焼きが悪い、野焼きが悪いと言われていますが、何が悪いのか?また、本当に悪いのか?
 焼き畑や山焼きは何千年もの間行われてきた行為です。つまり、山や野原を焼きながら作物や林産物を得るというサイクルが、地球という閉鎖系循環システムの中に組み込まれていたわけです。勿論、人間から地球や土に返すものはほとんど何もありませんので、自然な地力の回復を人間が収奪していると考えることができます。
 焼き畑や山焼きが閉鎖系循環システムの中に完全に組み込まれているのであれば、燃やすことによって排出される大気中の二酸化炭素は、植物の光合成によって固定されます。そして再び燃やされ、大気中に拡散し、植物が光合成を行う・・・というサイクルを繰り返します。

 広い意味で燃やすということを考えた時、悪いのは何か?とどのつまりは地球という閉鎖系循環システムの中で収まらないもの、はみ出している燃焼がいけないのではないのかなぁと思います。はみ出しバーニングの最たるものが化石燃料であると言えます。
 それでは、地表にあるものを燃やすことはどうでしょう?個人的には、閉鎖系循環システムの中で燃焼によって発生する物質の循環が完結していれば良いのではないかと思います。具体的に言えば、自然の回復力を越えない(自然に負担をかけない)範囲ということになりますね。
 バカとハサミは使いよう、そして、火も使いよう。火の効果については、また機会を改めてお話ししたいと思います。

 ところで、人間の文明において4つ目の転換はいつ・どんな形で起こるのか?これは将来の課題にしていきましょう。
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by senang | 2005-11-17 12:02 | 【0】センシブルワールド
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